第12話
店内は人々の活気で溢れかえっており、営業回りの途中かなと思うようなサラリーマンがご飯をかきこんでいたり、OLが同僚と話をしながらお肉を頬張っていたり、昼休憩を抜けた人が多く立ち寄っているんだな、ということが見受けられた。
だいたいそういう店は美味い、安い、量が多いの三拍子が揃っている。これは期待できそうだなあ〜と心躍らせた。
「いらっしゃいませ!お!田宮さんじゃねえか」
「こんにちは、大将。ここいい?」
首にタオルを巻いた店長らしきガタイのいいおじさんが笑顔で迎えてくれた。どうやら本当に田宮社長はここの常連らしい。
慣れたようにカウンターの隅に社長は案内してくれた。端から伊豆さん、俺、田宮社長で並んで座った。
「ここはなんでも美味いよ。ランチはやっぱ日替わりがおすすめだけど」
お冷に口をつけながら社長はそう話す。やっぱこういうとこは日替わり定食だよな。俺はチキン南蛮の日替わり定食Aを頼んだ。注文するとすぐに食事が運ばれてきて、いただきます、と手を合わせて美味しそうなチキンを頬張る。
「お、おいしい〜…」
うう、こういう時に幸せを感じてしまう…大学のころ、少し付き合っていた彼女は料理が得意でなかったから、時たま外食に行くと俺があまりに美味しそうに食べるから彼女にいつもどやされていたのだ。あなたは本当に外食好きなのねってよく言われてた。思えばあれは彼女なりのサインで、振られたのはそういうことが重なったのも一因だったのかも、と別れてしばらくして思うようになったのだ。
でもでも、おいしいものを食べるってこの上なく幸せなことで、生きていく上で重要なことだと思うのだ。にしても、このチキン南蛮本当においしい…このタルタルソースも卵多めで甘いよ…生きててよかった。
「そこまで美味しそうな蕩けそうな顔してもらえると連れてきた甲斐があったよ」
「はい、本当においしいです…ありがとうございます…」
隣にいる田宮が笑顔で俺の顔を見ながらそう話す。数分前は我が社のエントランスまできて何故昼休憩にこの社長と顔を合わせるのかと思ったのだが、ここに連れてきてくれたのは嬉しい誤算だった。この美味い飯にありつけて今日はいい日だと思えるのだ。素直に感謝の気持ちを述べる。
お皿についたタルタルソースも最後のチキンの一切れにつけて頬張るとお腹も気持ちも満たされた気分だ。幸せそうな俺の顔を横で田宮が笑顔で見つめていたなんて、俺は知らない。
田宮と伊豆さんは大盛りのご飯にしたはずなのに、俺よりも早く食べ終わっていた。というか、二人とも細身なのによく大盛りなんて食べれたな。大学入りたてとかだと大盛りいけたかもだけど、普通の量で割とお腹いっぱいなのだ。あなたたちのどこにそんな量が入るのか不思議で仕方ない。
「さてさて、帰ろうか」
俺が食べ終わったのをみて、田宮はそう言いながら席を立とうとする。と同時に、ごく当たり前のように伝票を手にして真っ直ぐレジへと向かう。待って待って、驕りとかそんなことされると気まずいんですけど!仮にも取引先の社長にそんなことさせられない。
「田宮社長、俺の分は払いますから」
「いいって。津島さんの昼休憩をもらったんだし俺が連れてきたから」
「ええ?いやいや、いいですって」
「いいって。まとめて払う方がお店的にもいいし、それに津島さんの可愛い顔が見れたから役得だったし」
「はあ?なんですかそれ」
そういう間に彼は俺の分までまとめて払っていた。伊豆さんだけは別で払っていた。いや、だったら余計に俺が奢られちゃだめだろ。てか役得って何だ。だらしない緩んだ顔しか見せてないと思うのだが。結局それから何度か払わせてくれと頼んだが応じてはくれず、不本意だが奢られる形になった。意外と頑固なとこは俺と少し似ているかも、と思った。
ありがとうねー!と豪快な笑顔で見送ってくれた大将にお礼を言いながらさっさと社長は店を出る。時計を見るといつのまにか時間が経っていた。再び車に乗り込むと、田宮社長は俺の会社まで送ってくれた。社長といえば、俺を送ったのち、すぐさま車に乗り込み、「またランチしような」と爽やかに笑ってその場を後にした。くそ、変態は変態でもイケメンには違いないのだ。まさか本当に俺とランチをするためだけにわざわざこの会社まで来たのだろうか。……思いっきり私情でわざわざ公用車使うなっての!付き合わされる伊豆さんと運転手さんがなんだか気の毒になる。
しかし俺としてはおいしいお店を知れたことで嬉しくなり、再び自分の部署へと戻るのだった。
あと休憩は10分ほどある。やっぱり外食するとそれなりに時間はかかる。コーヒーを淹れて戻ると隣の同期がじっとこちらを見つめていた。この顔はなにか面白いものを発見したような、そんな子供のような顔だ。
「なんだよ、佐竹」
「いや〜なんか津島くんご機嫌だなって」
「え、そう…?どこらへんでそう思うんだよ」
「なんとなくね〜。てかさ!玄関で一緒にいたっていう美形二人は誰?!」
「なんとなくって…まあ、いいか。てか美形ってなんだよそれ」
ご機嫌なのはきっと美味いものにありつけたからだろう。それ以外の理由が見当たらない。それにしても噂はこうも早く広まるのだろうか。佐竹はワクワクした様子で俺に先程のことを聞いてきた。にしても美形って…まあ事実だな。
「あれはタミヤプリンスホテルの田宮社長と、その秘書の伊豆さん。ほら、俺が前に言ってた新しい取引先の」
「えー!そうだったのか〜!てかご飯行くくらい気に入られてるんだ〜」
「…うーん…気に入られてるかは…どうなんだろ」
「絶対気に入られてるよ〜!じゃなきゃわざわざここまで来ないよ」
そりゃそうだな。好意を持たれているであろうことは分かる。俺を取引先の担当に指名したのは最初は嫌がらせだと思ったが、先日の最初の接待のときや、今日のことといい、嫌われてはいないんだろうなということはアホの俺でも分かった。
だからといって、あの夜のこともあったし、俺は公私は分けて、一線は越えないようにしたい。
…………いや、ある意味最初の最初で越えたのか…頭痛くなってきた…
「すごいな〜てかさ、よかったら俺ともご飯行こうよ〜津島くんの仕事が上手くいくコツを聞きたい〜!」
「いや、俺は大したことしてないから。飯ならいつでもいこうよ。佐竹とご飯俺も行ってみたい」
「ほんと?!嬉しい〜」
見当違いともいえる佐竹の発言だったが、俺も素直に佐竹とは飲みに行きたいなとは思っていたので、誘いに快諾した。にこにこと嬉しそうに笑う佐竹をみて、大型犬を飼うとこういう感じなのかな〜と思った。思わず頭を撫でそうになる手を理性で押しとどめたのだった。
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