第13話

閑話 上司について





社会人たるもの、スーツに身を包んだなら気を引き締めていなければならないと、そう思う。


「…………連絡先…また聞けなかった……」

そう言ってため息を吐くのは、上司である田宮雅臣社長である。

奴は…失礼、彼は私の上司であり、この若さで経営者にまでなっているのだから言うまでもなく優秀である。だが最近の彼はどうだ。高いオーダーメイドのスーツに身を包んでいながらの情けない顔。

その辛気臭さと溢れ出るマイナスオーラに思わず舌打ちをする。

「社長、あなた前の接待の時から全く成長してませんね」

「うるせぇよお前は…俺の母親かよ」

「私は社長のようなデカイ男を産んだ覚えはありません」

「はぁ…もう突っ込むのも疲れる…」


それはこっちの台詞だと思いながらも、社長は今日何回目かのため息をついた。








思えば数日前のあの日に、やけに朝からテンションが高いなと思っていたのだ。いつもならありえないのに、人一倍時間には厳しいはずの社長が遅刻してきたのだ。朝に迎えの電話連絡をしても繋がらず、やっと繋がったのが朝11時。こんな時間まで何をしていたか問うと、「運命の出会いをお前は信じるか」の一言。私はてっきり何かの勧誘か何かかと呆れたのだが、その時から彼は調子がどこか狂っていた。


仕事をしていてもどこか上の空で、そわそわ、うろうろと挙動不審。貧乏ゆすりには正直どん引きした。

そんな私の思いを知ってか知らずか、彼は私に仕事を寄越したのだ。



「この男を探してくれ」


みるとベロベロに酔っぱらったであろう若い男の写真があった。顔は別段イケメンなわけでも、醜いわけでもなく、平凡でやや柔らかい印象がある顔立ちだが…その頬は上気しており、とろんとした目。やや上目遣いですこしよれたシャツから覗く鎖骨がなにやら妖しい色気を感じさせる。


「あまり見るな、減る」

「は?…というか、この男が何かしたのですか」

「運命の出会いなんだ」


頭が良すぎて頭がイカれてしまったか、と上司に対してとんだ失礼なことを思ってしまったのだが、そんなことで謝罪をしていてはこの男の秘書は務まらない。なんせ、こんな依頼をしてくる男だからだ、田宮雅臣という男は。



しかも真顔で真剣な声色で言うからたちが悪い。

だが仕事人間な私はこの社長をなんだかんだ尊敬しているらしい。仕方ない、母親まがいなことでもしてやる。


「2日頂ければ」

「さすが伊豆だ。頼りにしている」

「その期待に応えてみせますよ」








そうして見つけ出したのは、やはり平凡も平凡な男、津島凛太朗という男だった。社長より7つも下な彼はどこか幼さが残る男だった。彼がどういう運命の人かは…直接には聞くと面倒なことになりそうだからやめておく。大体の察しはつくが。



彼を食事に誘うことも朝からずっと考えてのことであった。どうしたらやらしくなく、さりげなく誘えるのか。仕事の用でもないのに取引先の担当者と食事など、どこがさりげないのか理解に苦しむが、そんなことは気にしていないらしい。


仕事のことならスムーズに進むのに彼が絡むとどうにかうまくはいかないらしい。



今日も連絡先を聞けなかったことがショックでたまらないらしい。



「週末に居酒屋に誘ってみるのはいかがですか?お酒の席は彼も以前多少饒舌になっていたのでは?」

「それだ!!」


キラキラと輝きを取り戻し始めた彼は早速スマホで居酒屋を調べているようだった。なんとも単純だ。

その顔があまりに真剣なことに思わずクスリと笑い、私は午後からのスケジュールの再確認を行うのであった。

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