第11話
ゆったりとした車内の中で特に俺に話しかけるでもなく、田宮はこちらをじっと凝視してくる。その切れ長の瞳から出る熱視線が俺を射殺しそうでこわい。
「あ、あの…なにか俺の顔についてます?」
「ん〜〜…ついてるから、キスしてもいい?」
「はあ?!何言ってんだあんた!」
こいつは真面目な顔して真昼間から何を言ってるんだ。絶対なんかついてるとか嘘でしょ。さも今考えましたって感じの返答やめてくれませんか。びっくりしすぎてついつい敬語が抜けてしまった。もはやこいつにはそういう気遣いも必要ないのではと思ってしまうほどである。
彼を睨み付けると堪え切れないという風に突然噴き出した。目の端に涙を浮かべて笑う。そんなにおかしいこと言いましたか?!むしろあんたの方がよっぽどおかしいぞって言ってやりたい。
「…ぶはっ!顔真っ赤…あーもう、かわいい…なぁ、津島さんそれ誘ってんでしょ?…まじでキスしたい…てかキスだけじゃおさまんないかも…な、いいだろ?ん?」
「はあ?ちょ、…っ、い、伊豆さんっ!」
訳のわからない言葉を並べたてて、目の前のエロ社長は隣にいる俺との距離を一気に詰める。いくら車内が広いからって、こっちにはもう逃げ場ないんですけど。さらに俺の腰をがっちりホールドして動かさせないようにまでしている徹底ぶり。さすが仕事のできる敏腕若社長…ってなに現実逃避してるんだ俺は。そうこうしてる間にゆっくりと綺麗な顔が俺の目の前に…
たまらず俺は前の助手席に座る伊豆さんに助けを求めると、田宮はあからさまに嫌な顔をした。
「た、たすけてください!」
「津島さん…他の男の名前とか呼ばないでくれるかな」
「はいはい着きましたよエロ社長、津島さん。降りてください」
後部座席で繰り広げられる社長と俺の攻防戦をスルーして伊豆さんはいつもと変わらないトーンでそう告げた。これは助けてくれた、ということにしておこう!そしてさりげにエロ社長と呼んだのは聞き逃さなかったですよ、伊豆さん。やっぱこの人は怒られたら駄目な部類の人間なんだろうなと思う。
「チッ…」
いやいやいや、あんたが昼飯誘ったんだよ?それに伊豆さんは付き合わされてるだけだからね。もっというと俺がここにいるのはちゃんちゃらおかしいのだ。だって俺と田宮社長は平社員と取り引き先の社長なのだから。この組み合わせでのランチも謎である。
「おお!定食屋さん…!」
「ここは俺が大学の時からお世話になってる定食屋でね。まじでうまいから」
さっきのエロ社長が嘘のような切り替えで、彼は俺に自慢げにそう言った。まるで自分の手柄のように。
でも駅前から少し離れているのに昼間のこの時間にサラリーマンや学生がこれだけ入っているのはおいしいお店の証拠だろう。俺は素直においしいご飯に心躍らせながら暖簾をくぐった。
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