第8話

隣にいる男前な変態若社長は俺をからかってくるのかと思いきや、ある程度お酒が入ると、仕事の話に方向がシフトした。いや、当然と言えば当然なんだけど。むしろそのための食事会というものなのだが。


きびきびと話を進めていく田宮社長は、さすがその若さで社長を任されているだけあって、仕事は無駄がなく、スマートにこなすデキる社会人なのだと平の俺でもわかる話しぶりだった。こちらの希望をしっかり聞き入れた上で、田宮社長の希望も無理のない範囲で提案する。これこそが利害関係からビジネスに結び付ける手法なのだと、俺は新人ながら勉強になるなと感心して、思わず声に漏れていた。「へえ」とか、「うわあ」とか。

それを見ていた俺の向かいに座る秘書の伊豆さんが堪えきれないとばかりに噴き出していた。


「ふふ、津島さんは本当に可愛らしいお方ですね」

「え!」


男に可愛らしいといわれて喜ぶ趣味は持ち合わせてなどいないが、美人で中世的な色香を漂わせている伊豆さんに言われて、なんだか俺は悪い気がしなかった。

思わず顔を赤らめて照れてしまうと、横にいる男の雰囲気が変わったのがわかった。



「伊豆、お前いい加減にしろよ?」

「意味がわかりませんが」

「…いい度胸だな…」



ちょ、なんでそこでケンカになりそうなの。伊豆さんも相手がいくら変態でおかしい男だとしても、社長は社長なんだから、そこは慎まないと!まあそれくらいでないとこの人の秘書は務まらないのだろうか。



「社長にみとれる津島さんが可愛らしいと、そう申し上げたのですが?」

「「え」」


ななななにを言い出すんだこの人は!はっきりした物言いをする強気な美人かと思いきや、とんでもない勘違いをしてるよこの人は!

慌てて横の男をみると、案の定俺を揶揄うようないやらしい笑顔を浮かべていた。くそ、変態くさく見えてもイケメンなのが悔しい。その顔にたこわさ投げつけてめっちゃ目がしょぼしょぼする呪いをかけてやりたい。


「なんだ?お前俺に惚れ直しちゃった?」

「惚れ直すってなんですか、意味わからないんですけど」

「なるほどツンデレか」

「誰か通訳呼んできてくれませんか」


はあ…仕事のできる人は本当に憧れるし、尊敬するからかっこいいな、そんな風になれたら、なんて一瞬でも思ってしまった俺が情けない。


しかし、それからとんとん拍子に仕事の話は進み、俺は大手取引先を見事ゲットしたのだった。例え相手がこいつだとしても、これは手柄だといえるだろう。よかった。同僚の喜ぶ顔を想像してしまって、思わず手元のビールをこくりと飲み込んだ。この食事会が始まってからなんとなしには緊張していたので、初めてビールの味が分かる程度には緊張がほどけた。

ビールの味を堪能していると、不意に視線を感じて、ちらりと横の男の様子を伺った。

するとどうだ。奴は人を魅了するような美しく、本当にうれしそうな笑みを浮かべていたのだ。


「…なんですか」そう問うと、若社長は一層笑みを深くして言った。


「これでお前とのつながりが、お前と会う大義名分ができてよかった」

「…な…何言って…ば、馬鹿じゃないですか…っ」


その表情といったら、全身で嬉しい、と。そう言っているようで。

とてもそれ以上見てられなくなって俺は顔を背けた。

こっちがどぎまぎして照れてしまっただなんて、絶対に言ってやるものか。

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