第7話
今の状況を整理しよう。
さっきまではこの恐ろしい現実から目を背けようとした。いや、今でも逃げれるなら0.1秒でも早く逃げ出したい、そんな気持ちだけれども。
俺はこの店で、取引先の取締役と接待の待ち合わせをしていたのだ。
そうして待っているうちに、なにやら見覚えのある人間と会ってしまった。
そしてそいつはあろうことか俺に絡んできて…そいつと取締役が実は同一人物だった…おわかりいただけただろうか。
「…いや、全っ然わっかんねえよ…わかりたくもない」
「なあ、津島さんビールまだ飲めそ?」
「いえいえ、こちらがお酌しま…いやそうじゃないでしょ!!」
俺の左隣に座る男は、俺のグラスが空いたと思いきやすかさず追加のビールを注ごうとする。さすがやり手企業の社長。営業テクすげえわ…
じゃなくてね!!
「…なんだよ」
俺が勢いよくビールを拒否したものだから、俺様社長はムッとして口を尖らせる。
くそ、イケメンはなにしても様になるな。
「あのですね、取締役はなぜ私をご指名してくださったのでしょうか。私への嫌がらせですか。」
この場をどうにか乗りきりたい俺は、最大の疑問をぶつけてみた。俺への嫌がらせなら甘んじて受け入れよう。たとえ一夜の過ちだとしても、社長の完璧な人生に泥を塗ったのだから。俺の代わりはいくらだっているんだから。ああ、短かったなぁ、俺のこの会社での生活。
「…はあ?何いってんの、それ本気?」
「…本気です、けど」
俺がそう言うと、目の前の社長様はみるみるうちに不機嫌になった。イケメンが凄むのがこんなにこわいとは…知らなかった。田宮社長はこちらをジト目で睨みつけたまま視線を離そうとしない。イケメンだから迫力が違うのだ。俺もその視線の強さに負けてしまって、なぜだか視線を外せずにいた。
うう、最高に気まずいしどういう状況なの、これ。まじで今すぐにでも逃げ出したい。しかしどういう成り行きであってもこれは仕事であり、相手は取引先のお偉いさん、ともなれば、下っぱ営業マンの俺としては選択肢はあってないようなものだ。
「も、申し訳ありませんでした…気に障ったのでしたら、謝ります」
俺は精一杯の抵抗としてその言葉をようやく口にした。俺の本意ではない、新人営業マン、津島凛太朗としての意地のようなものだった。これで会社に迷惑がかかったら、上司たちを失望させてしまったら?と考えるとなんだかたまらなくなって、声は震えてしまった。ああ、情けない、目も少し潤んできた。なんだってこんな仕打ちを…俺が神様に嫌われるようなことしましたか。
「………ま、まあいい…」
「そ、そうですか」
もっと追求されるのかと思いきや、相手の男は先ほどとは打って変わって俺から視線を明らかに外し、手元に遊ばせていたビールをぐっと飲み干した。その顔は酔いが回ってきたのか、真っ赤に染まっていた。へえ、意外に弱いのか?そんな風にはまったく見えないのに。
まあ、機嫌が直ったのなら万々歳だ。
「…津島さんまじで小悪魔だよね……」
「はい?」
「あの夜だって…はぁ~~なんでだよ…情けねぇ」
なにやら不穏なことを言いだしそうだったのだか、一人で頭を抱えている社長はこの際無視しておいた。なんでかって?本能的に回避したんだよ!…墓穴を掘りそうだったから。
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