第19話 終われない冒険

13ヶ月後-

「もういい加減に帰りましょう…」

アカネはバテバテになりながら、赤い木の螺旋階段を登っている。

「あと100段だけ」

サトルは涼しそうな顔で登っていて、肩にはブンジロウが乗っている。

「あと100段、あと100段ってもう何百回目よ…」

「アカネは先に降りていていいよ」

「だから、一人で降りても恐竜たちに襲われたらどうするのよ!ブンジロウはサトルから離れようとしないし…」

「それじゃ、休憩にしよう」

サトルとアカネは青と赤の果実をもぎ取ると、螺旋階段に座って水分と栄養を補給する。下には雲海が広がっている。

「次の100段でぜーーったいに最後だからね!!」

「わかった」

アカネは疑いの眼差しでサトルを見る。

「約束するから。さあ、行こう」

「もうちょっと休ませてよ」

サトルはアカネの腕を引っ張って起こすと、再び螺旋階段を登って行く。

「1、2、3、4、5、6…」

アカネは一段一段数えながら進む。


夕暮れになり、サトルが歩みを止める。

「今日はここまでにしよう」

「1231、1233、1234…」

アカネが数えながら登って来る。

「何があと100段だけよ、ウソばっか!」

「1232が抜けていたよ」

「うるさいわね!」

アカネは顔を真っ赤にして怒る。

サトルは青と赤の果実をもぎ取ってアカネに投げる。

アカネは見もしないで、慣れた手つきでキャッチする。そして、赤い果実を一口かじる。

「きっとこの実に、アドレナリンの分泌を高めるような中毒性のある成分が入っているんだわ。そうじゃなきゃ、ここまで登ってこられないし…それにしても、何度食べても飽きない味ね」

「うん、おいしい」

サトルは至って元気そうである。


「いい、明日1000段だけ登ったら、ぜーーーーーったいに帰るからね!ぜーーーーーーーったいだからね!そうしないと私にも考えがあるんだから!」

アカネはサトルが100段進んだだけでは納得しないことを百も承知していたので、1000段で手を打つことにした。

「わかった。約束する」

アカネが疑いの眼差しでサトルを見る。

「おやすみなさい」

サトルとブンジロウは赤い木にもたれかかって、眠りにつく。

「ああ、なんでこんなことになったんだろう…」

そう呟くと、疲労のあまりアカネもすぐに眠る。



翌日。

サトルはブンジロウを肩に乗せて螺旋階段を登っている。

後に続くアカネが、

「987、989、999、1000。はい、終了。帰るわよ!」

と言うが、サトルは気にせず進んでしまう。

「もう1000段登ったわよー!」

アカネがそう叫んでもサトルは一向に止まらない。

アカネは葉っぱを数枚とり、バックパックからマッチを取り出すと火を付ける。

「こんなの燃やしてしまえばいいのよ…」

アカネは何かに取り憑かれたように、赤い木に火を移すと、ボワッと勢いよく燃え始める。

「ウワッ!」

アカネは予想以上の火の手の速さに驚く。

「サトル、たいへん!」

木が燃えていることに気付いたサトルは下に降りようとするが、火の勢いが強すぎて螺旋階段を降りることができない。

「どうしよう…」

アカネは青ざめている。

すると、ツルに掴まってサトルとブンジロウが降りて来る。

「ごめんなさい…」

サトルはアカネにビンタする。

それが赤い木に火を付けて傷つけたことに対する怒りなのか、木を登れなくなったことに対する怒りなのか、サトルには判別ができなかった。

サトルは燃え上がる赤い木を見上げると、悲しそうな表情を浮かべる。そして、ブンジロウを肩からおろすと、後ろに倒れるように飛び降りた。

「サトルーーー!!」

アカネが手を伸ばすが、もうサトルの姿は見えない。


「ブンジロウ、お願い!」

アカネはそう言うと、両手の指を組んで、赤い木から飛び降りる。

ブンジロウはツルにつかまって逆さに屈むと、勢いをつけて赤い木から飛び降りる。

アカネの姿をとらえると、ブンジロウはアカネの両手を押す。

そうやってアカネの落下スピードを上げると、ブンジロウはアカネの髪の毛にしがみつく。雲海を突き抜けると、しばらくしてサトルの姿が見えて来る。水滴が上がって来て、アカネの顔に当たる。

「サトル…」

アカネはサトルに追いつくと、しっかり抱きしめる。

「ごめんなさい。私が火をつけなければ…」

そうアカネが謝るが、サトルは失神していた。

「どうしよう、ブンジロウ!」

アカネは髪の毛にしがみついていたブンジロウを見るが、ブンジロウも失神していた。

「あなたたち、まさか高所恐怖症…。この状況どうすんのよ!!」

アカネはどうすることもできないまま落下し続け、みるみる島の木々に近づいて行く。


「あれは…」

木と木の間に何重にもつくられた蜘蛛の巣を突き破って落下して、最後の蜘蛛の巣でようやく止まる。

「もうダメかと思った…助かったわ、レインボー」

引っかかった蜘蛛の巣にはレインボーがいた。

アカネが周囲を見ると、赤い木の周りには無数の蜘蛛の巣が張られていた。

サトルとブンジロウはまだ失神している。

「こんなこともあるかと思って、レインボーにお願いしていたのさ。それでお前は、一体誰なんだ?」

木の枝に留まっていたヒロシがアカネに尋ねる。

「あ、そっか。この姿で会うのは初めてね。タロウよ、球体ロボットのタロウ。本当の名前はアカネ。そして、私の髪にしがみついて失神しているのが、サトルの分身のブントルの分身のブンジロウ」

「ふーん。まあ、不殺生国も変わったからな」

ヒロシがアカネに興味なさそうに言う。

「えっ、不殺生国がどう変わったの?私が人間になったのと関係あるの?」

「まあ、自分の目で確かめるんだな」

「もう、どいつもこいつも、もったいぶって教えてくれないのよ。それにしても、あなたたちよく恐竜に食べられなかったわね」

「俺たちがこの島に来た時には、恐竜どもの死骸だらけだった。四六時中、殺しあったんだろうよ」

すると、大雨が降り始める。

雨に打たれてサトルとブンジロウが目を覚ます。

「助かったんだ…」

サトルの表情には精気がない。

「なんで高所恐怖症なのに登ったのよ!なんで飛び降りたりしたのよ!」

「どうして皆がここに?」

状況を理解できていないサトルを、ヒロシがくちばしでつつく。

「死のうとするなんて、人間はどこまでもバカだな」

ヒロシがそう言うと、雲が晴れてきて、火の消えた赤い木が見える。


雨はまだ降り続いていた。また、王族街の住人たちの仕業かと思ったサトルは、

「助けてくれなくてよかったのに…」

と言ってしまう。

「あんた世界一の大バカじゃないの!!」

アカネが顔を真っ赤にして怒る。

「いじけるのもいい加減にしなさいよ!不殺生国の人間街から出て行くのを決めたのはサトルでしょ!王族街の住人がサトルを操っていたんじゃなくて、サトルが王族街の住人を動かしたのよ!これはサトルの冒険なのっ!」

「僕の冒険…」

「カッカッカッカッカ、お前そんなこともわかっていなかったのか」

ヒロシが呆れ顔で笑う。

「みんな、ごめん…」

そうサトルが謝って、涙を流すとピタッと雨が止む。

「なんで雨が止んじゃうんだよ…」

あふれる涙を慌てて拭うサトルを見て皆が笑う。

「でも、ヒロシとレインボーがどうしてここに?」

アカネがそう尋ねると、

「暇つぶしさ…」

ヒロシが恥ずかしそうにそう答える。


「またまた、心配でいてもたってもいられなかったんでしょう」

「違うって、一度ここに来てみたかったのさ」

「はいはい、そういうことにしておきましょう」

「本当だって!」

ヒロシはムキになって否定するが、

「ありがとう。こんなところまで来てくれて」

とサトルがヒロシとレインボーを見て礼を告げる。

「バカなお前は知らないだろうから教えてやるが、ここは冒険者の望みを叶えることで、結果的に命を奪ってしまう“自滅島”だ」

「刺激を欲しがる冒険者はある意味、危険な存在だ。だから、王族街の住人たちは、冒険者の命を奪う為にこの島をつくったんだ。大抵の冒険者は自らリスクを望む生き物だからな」

「その通りだよ。僕には引き返す勇気がなかった…」

「私もサトルのことを責められないわ…。ブンジロウだけね、真っ当な望みを叶えたのは。それで、べったりくっついた巣から、どうやって私たちを出してくれるの?」

アカネがそう尋ねると、ヒロシが鳥人に変身する。

「ウソッ!なんかカッコイイ」

アカネは声を出して驚き、サトルとブンジロウは目が点になっている。

「ははーん。さてはあなた、その格好をはやく自慢したくて私たちの変化にあまりリアクションしなかったのね」

アカネに鋭く指摘され、ヒロシは動揺を隠すように話す。

「そ、そんなことないぜ。飛ぶのにも飽きたから、歩いてみたいと望んだだけさ。レインボーは逆だったみたいだけどな」

サトルたちがレインボーに目を移すと、レインボーの背中から翼が出て来る。

ヒロシは木の枝から手を伸ばして、アカネを巣から離してやる。そして、レインボーはサトルを脚で掴むと、翼をはばたかせ宙に浮き、巣から離してやる。ブンジロウは自力で巣から離れて、サトルの肩に乗る。


「さあ、帰ろうぜ」

鳥人になったヒロシがそう言うと、サトルたちは笑いながら頷く。

「なんだよ、何がおかしいんだよ」

「なんかイケメンすぎて、イメージと違うと言うか…」

「カラスがイケメンになったらいけないのかよ!」

「ごめん、ごめん。そうじゃなくて…キャラが…」

アカネがそう謝るが、

「お前らは軟弱なE58型の体なんだから気をつけて降りろよ」

とヒロシが真面目な顔で言うと、サトルたちはやっぱり笑ってしまう。

イケメン鳥人のヒロシに慣れるまではもう少し時間がかかりそうだった。

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