第18話 終わらない冒険
「こう、これでいいの?」
ワイヤーに片手でぶら下がると、サトルとアカネが恥ずかしそうに抱き合っている。サトルの肩に乗っていたブンジロウは親指を立ててオッケーのサインを出すと、ピョンと飛んで地面に降りる。
「それじゃ離すよ。3、2、1」
サトルとアカネがワイヤーから手を離し、がっちりと抱き合って落ちると、下で待っていたブンジロウがサトルの足を受け止め、そのまま高さ80mを超えるセコイアの木の枝まで投げ飛ばす。
ビューっと飛んでいくサトルとアカネは、大きな枝の上に着地する。すぐにブンジロウもジャンプして上がって来る。
「いつまで抱きついているのよ」
「あっ、ごめん…」
サトルがアカネから体を離す。
「それで、何がわかったのよ?さっき、宮殿で言いかけていたでしょ」
「この島は、願い事を一つだけ叶えてくれる島なんだ」
「願い事を叶える島?」
「そう、恐竜たちはブントルが自分より強い敵と闘いたいと望んだから」
「相手が強すぎるでしょ…」
「そして、アカネが望んだ宮殿に、ブンジロウが望んだ進化」
「あれは、過去の世界に行く前の話だから。誤解しないでよね」
「アカネが連れ去られて行く時、僕は強くなりたいと望んだけどそれは叶わなかった…僕の望みはもう叶っていたから」
「サトルは何を望んだのよ」
「冒険」
「何それ、とっくに望みが叶っていたじゃない」
サトルは首を横に振る。
「僕が望んだのは、終わらない冒険」
「えーーーーー!それ最悪じゃない!もうこの島から出られないってことじゃないの!?」
「…わからない。今は、あの塔に登ってみたいと思う」
「そんなことより、この島から出られるのか引き返しましょうよ!」
「イヤだ」
「何でよ!」
「登りたいから」
「何よそれ、人間ってどこまでバカなの!」
「ブンジロウ、そろそろ眠ろうか」
アカネを無視してサトルがそう言うと、ブンジロウはサトルの肩に乗る。そして、サトルとブンジロウは目を閉じて眠る。
「わかったわ。人間の男が特にバカなのね」
アカネもそう言うと、大きな枝に体を倒して眠りにつく。
翌朝。
セコイアの木の枝から、サトルが飛び降りる。すると、地上から猛スピードでブンジロウが跳んできて、サトルの右足を押し上げる。ブンジロウはすぐに地上に戻ると、また猛スピードで跳び上がり、サトルの左足を押し上げる。これを数回繰り返すことで、サトルは垂直に階段を下りるように進み、ワイヤーの上に辿り着く。
「ああもう、飛ぶしかないのね…」
アカネも意を決してセコイアの木の枝から飛び下りる。サトルと同じ方法で、垂直に階段を下りるように進み、アカネも無事にワイヤーの上に辿り着く。
「ああ、おもしろかったー!ブンジロウ、もう1回お願い!」
最初は怖がっていたアカネも、すっかりこの方法を気に入っていた。サトルはアカネに構わずに、赤い塔を目指して、ワイヤーを伝って進み始める。ブンジロウはサトルの肩に乗ってついていく。
「ケーチ!」
アカネは舌を出してそう言うと、舌に虫が止まる。
「キャッ!」
慌てて虫を追い払うと、アカネもワイヤーを伝って進み始める。
「ねえ、ブンジロウに投げてもらったほうが早く着くんじゃない?」
アカネにそう言われても、サトルは無視して進んで行く。
「もう知らない。私一人で帰るからね」
アカネが進むのをやめるが、サトルは構わず進んで行く。
茂みからガサガサと動物が動く音がする。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
アカネは慌ててサトルとブンジロウを追いかける。
サトルたちはアボカドの実をとって食べ、湧き水を飲んで喉をうるおし、休憩をとりながら夕暮れまで赤い塔に向かって進むと、昨晩と同じようにセコイアの木に登る。
「ウソでしょ!」
「全然近づいていない…」
「一日中頑張ったのに、どうしてよ?」
セコイアの木に登って見ると、赤い塔との距離が今朝出発する前と変わっていないことがわかる。
「目の錯覚かな…」
「527回…」
サトルはこの日、ワイヤーに手を伸ばした回数を数えていた。
1回手を伸ばして50cm進むとして、527回だから約263m進んだことになる。E58型の人間と同じ体型になってしまった為に、進むスピードが急激に落ちたとはいえ、少しくらいは赤い塔が近づいて見えていいはずだとサトルは思った。
アカネの言うとおり、目の錯覚かもしれないので、しっかり眠って明日また赤い塔に向かって進むことにする。
しかし、翌日も夕暮れまで赤い塔に向かって進んだが、セコイアの木に登って見てみると、一向に近づいていなかった。
「どうなっているのよ、これ…」
「……」
なぜ赤い塔に近づかないのか、サトルたちはまったく見当がつかなかった。
翌朝。
セコイアの枝の上で、会議が開かれた。
「絶対に引き返すべきよ!」
アカネが開口一番に言う。
サトルはほとんど眠らずに、なぜ赤い塔に近づけないのか考えた結果、二つの答えに辿り着いていた。
「きっと赤い塔が僕らから逃げているか、この島が大きくなっているんだよ」
サトルが導き出した答えを聞いて、アカネはサトルのおでこを触る。
「熱はないようね…」
サトルはアカネの手をバシッと弾く。
「だから、それ以上に早く進めばきっと近づけるよ」
「きっとって…」
「本当は自分の力で行きたかったけど、赤い塔に行けないのはもっとイヤだから、ブンジロウ、僕らを投げながら進んでくれるかな?」
ブンジロウは頷いて快諾する。
「最初からそうしなさいって言っていたでしょ!」
怒るアカネをほっといて、サトルはセコイアの枝から飛び降りる。アカネはため息をつくと、仕方なくサトルのあとに続く。
「ちょっと痛いって!」
「でも、遠くまで飛ばしてもらうから」
「わかったわよ」
「行くよ、3、2、1」
サトルとアカネは、片手で掴まっていたワイヤーを離すと、抱き合ったまま落ちる。そして、地面で待っていたブンジロウが受け止め、思いきり二人を投げ飛ばす。
ビューっとサトルとアカネは抱き合ったまま、まるで弾丸のように赤い塔に向かって飛んで行く。
「サイコー!」
空を飛んでいるように気分になり、アカネのテンションが上がる。サトルは浮かない表情をしている。
着地点にはブンジロウが先回りしていて、飛んで来たサトルとアカネを空中でキャッチすると、また投げ飛ばす。
サトルとアカネは赤い塔に向かって飛んで行く。
サトルたちは食事もとらずに、夕暮れになるまでこの方法を繰り返して、赤い塔に向かって進んだ。
しかし、その日もセコイアの木に登り、あらためて赤い塔との距離を確かめてみたが、まったく近づいていなかった。
「飛んでいる時に薄々気づいてはいたけど…」
「103回…」
サトルとアカネはブンジロウに103回投げてもらい、1回100mは飛んでいるはずだから、10kmは進んだことになる。それでも、赤い塔にはまったく近づいていなかった。
「サトル、もう諦めよう」
アカネがぐったりした表情で言う。
「…わかった。諦めるよ。朝になったら引き返そう…」
サトルは悔しかったが、これ以上アカネやブンジロウに付き合ってもらうのも申し訳ないと思っていた。
「わかってくれてよかった」
アカネはそう言うと、セコイアの枝の上に倒れるように眠る。
サトルとブンジロウは赤い塔をじっと見つめていた。
翌朝。
「どうなっているのよ…」
アカネが目を覚ますと、赤い塔が目と鼻の先にそびえ立っていた。
サトルはすでにセコイアの木から降りている。
「はやくおいでよー!」
ワイヤーの上で待っているサトルが叫ぶ。
「はいはい、わかりましたよ」
アカネもセコイアの木から飛び降りる。
サトルたちはワイヤーを伝って赤い塔まで進む。そして、塔ではなくセコイアの木が小さく見えるほど、巨大な木だったことがわかる。巻きついたツルが螺旋階段になっていて、上の登って行けるようになっている。
所々に2種類の実がなっていて、ブンジロウがひょうたんのような形の青い果実をもぎ採ってくると、中か水が出て来た。
サトルはためらうことなく、その水を飲む。
「あんたバカね、毒が入っていたら死んでいるわよ」
サトルはアカネの言葉を気にせずに、ブンジロウが採って来てくれた三角の形をした赤い果実を食べてみる。
「おいしい!」
「2回死んでいてもおかしくないのよ…」
サトルは目を輝かせ、
「ブンジロウ、赤い木まで投げておくれ」
とお願いする。
サトルはワイヤーから落ちると、ブンジロウが受け止めて、そのまま赤い木に向かってやさしく投げる。
「果実もあるし、これなら頂上まで登れるよ!早く行こう!」
いつになくサトルのテンションが上がっている。
アカネは赤い木を見上げてため息をつく。
「どこまで伸びているのよ…まったく…」
アカネは渋々、ワイヤーから降りる。
ブンジロウはサトルと同じように、アカネを赤い木まで投げてあげると、自分もジャンプしてサトルの肩に着地する。
もう待てないと、サトルはツルでできた螺旋階段を上って行く。
「子供か!」
アカネも仕方なさそうに登り始めるが、実はこの赤い木を登るとどんな景色が見られるのか気になっていた。
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