第12話 E58型

2078年ー

日本政府の研究施設。

サトルが目を覚ますと、垂直に設置された鋼鉄の板に両手足を繋がれていた。隣には、檻に閉じ込められたアカネがいた。

そして、目の前には総司令官のササキと、側近のクロダがいる。

「ようやくお目覚めですね。投薬の量がちょっと多すぎましたかね」

投薬?サトルは神経を集中して、細胞の一つひとつを確認し、体にどんな変化が起きているのか確かめる。

次にサトルは、ササキの後ろに8人の兵士がいることを数えると、熱感知で擬態している兵士があと10人いることを見抜く。

このことは、アカネも気付いているだろうから、サトルは体が自由になればアカネと協力して兵士たちを倒せるかもしれないと思った。


「私としたことが、愛の告白を邪魔するなんて、もう本当にごめんなさいねー。空気を読めなかった兵士たちはきちんと処刑したから許してちょうだいねー」

ササキはそう言うと、サトルに向かってウインクをする。サトルは男のくせに女みたいな喋り方をするササキに困惑する。

「それなら、続きをさせてよ」

とアカネが不機嫌そうな声で言う。

「続きとは何かしら?」

「だから、私が告白して、サトルの返事をまだ聞いていないわけ。それを聞かせなさいって言っているのよ」

「言葉づかいはあれとして、おっしゃることはごもっともね。いいわ、実験を再開する前にサトルちゃんの返事を聞かせてあげるわ。さあ、サトルちゃん、返事はイエスなの?ノーなの?」

そうササキが食いついてくる。


「あのね、こんな状況じゃムードがないでしょ。女心がわかるなら、せめて私を檻から出して、サトルをその板から離して、告白した場面を再現させなさいよ」

「ウーン、どうしましょう。まあ、確かにそのほうがおもしろうそうですね。いいでしょう」

とササキがアカネのお願いを快諾する。

「閣下、お待ちください。そやつはとても狂暴です」

そう兵士が忠告すると、ササキは拳銃を手に取り、その兵士を撃ち殺す。

「そんなことはわかっています。ちょっとでも妙な動きをしたら、こうすればいいだけでしょう。さあ、早く告白の場面を再現させてあげなさい」

兵士たちは慌てて、サトルを鋼鉄の板から外し、アカネを檻から出す。

側近のクロダが、ササキの前に出て警戒する。

「ちょっとクロダさん、そんなに前に出られると見えないじゃないのよ。私のことは大丈夫ですから」

とササキに言われ、クロダは一歩下がる。

アカネは隙あらば、サトルと一緒にササキたちを倒して逃げる算段だった。

しかし、ササキはとぼけた口調とは裏腹に、大勢の兵士たちで囲んでいるからといって、一切油断することはなかった。


「さあ、さあ、告白するところから、早く、早く」

とササキがはやし立てる。

サトルはササキの鋭い目と、隣にいるクロダが只者ではないことを感じ取り、この場では抵抗しないことにする。

そう決めると、サトルはアカネをやさしく抱きしめた。

「君だけは僕が守るから」

アカネのボディが赤くなる。

「キャー!キャー!キャー!」

ササキは両手をアゴにあてて興奮している。

すると、サトルとアカネの体が白く輝き始める。

兵士たちが引き金を引こうとすると、

「待ちなさい!」

とササキが手を広げて止める。

サトルの体がだんだんと、E58型の人間と同じ体型になっていき、衣服がブカブカになる。

アカネも同じようにE58型の人間と同じ体型になり、裸体をさらす。

兵士たちがアカネの裸体をなめるように見ようとすると、ササキがマントをアカネにかけてあげる。そして、ササキはその兵士たちを拳銃で撃ち殺す。

サトルも自分の上着を脱いで、アカネにかけてあげる。


「まったくごめんなさいね。はしたない部下を持つと苦労するわ」

ササキが空になった弾倉に、銃弾を詰める。

サトルもアカネも何が起きたのか分からず、自分の体をまじまじと見ている。

そこに、兵士が慌てて入って来て、

「閣下、大変です。未来No.U872569851が…」

と報告しようとするが、ササキに撃ち殺されてしまう。

「わかっていますわよ。未来が変わったのでしょう。もう、せっかく運命の二人がお互いの本当の姿を見るいい場面だったのに。台無しだわ」

「未来が変わったってどういうことよ!」

E58型の人間と同じ体型になっても、アカネの言葉づかいは変わらない。

「よくあることよ。過去の世界に来て、未来に影響のあることをしてしまうと、それが即座に反映されるの。だから、この国では2078年より過去に行くことはご法度なのよ」

「未来に影響があることって、私たちが何をしたっていうの?」

「愛よ、愛。愛で結ばれたのよ」

「はあ?私はたくましかったサトルが好きだったの!こんなやせっぽちはタイプじゃないわ!そっちのイケメンのほうがよっぽどタイプだわ」

アカネは、サトルとクロダを見比べてそう言う。

「まあ、外見で判断するなんて、あなた女の鑑ね」

「あんたは男でしょ」

とアカネが言うと、ササキの表情から笑みが消える。


「この二人をもとに戻しなさい!」

そうササキが指示すると、擬態していた兵士たちが姿を現し、サトルを鋼鉄の板に繋ぐ。

「触らないでよ!」

と言って、アカネは自ら檻に入っていき、サトルからもらった上着を着る。

「くっさーーい!もう本当に最悪!」

アカネにそう言われ、サトルは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


研究室を出ると、ササキはクロダと共に研究施設の最上階までエレベーターで上がり、停められていた空飛ぶ車に乗り込む。

外壁が開くと、ササキを乗せた空飛ぶ車が出て行く。

2078年の日本は、第三次世界大戦の影響で、大部分の建物が廃墟化していた。

化学兵器が頻繁に使用されたことと、大気汚染が深刻化していた為、外を出歩いている人はまったくいない。


側近のクロダが、

「閣下、ご存知かと思いますが、未来No.U872569851からすべての生命反応が消えました。あの未来人に移民の仲介役を依頼する計画でしたが…」

と報告する。

「かまわなわよ、そんなこと」

ササキは涼しい顔をしている。

「お言葉ですが、オゾン層が消える52日後までに、また別の移民先の未来を探さなければなりません」

クロダは神妙な面持ちだが、

「ワハハハハッ」

とササキは愉快そうに笑う。

「別にいいじゃない。人類が滅んだって。私はこの世界を征服できればそれでいいのよ。それがたった1日だとしても、人類史上初の世界征服者にさえなれれば、あとはどうなってもかまわないわ」

廃墟を見下ろしながら、ササキは真意を明らかにする。

「あの未来人の二人の姿が変わったことは予想外だったけど、DNAには進化の記録が残っているから、それを探せばいいだけだわ。そして、サトルちゃんのクローンをバンバンつくって、どんな過酷な環境にも順応する世界最強の部隊を編成すれば、あっという間に世界を征服できるわよ。オホホホホッ」

ご機嫌なササキとは対照的に、クロダの表情は青ざめている。


「ところであなた、今夜のご予定は?」

とササキに尋ねられると、

「今夜は知人のカップルの記念日でして、一緒に食事をする約束が…」

とクロダがササキの誘いをかわす。

「そう、つまらないわね」

ササキは運手席を蹴って、

「あなた、今夜のご予定は?空いているわよね?」

と運転手の男に尋ねる。

「は、はい。空いております…」

運転手の男は怯えながら答える。

「よろしい」

ササキの機嫌がよくなる。

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