第11話 告白

ザザー、ザザー、ザザー。

明け方に浜辺まで辿り着いたサトルは、ワイヤーの上に腰掛けて波の音を聴いていた。単調な音の繰り返しだが、それさえ人間街にはなかった。

どこまでも続く海の上に、ワイヤーが延々と延びている。この先に何があるのかサトルは楽しみで仕方なかった。


サトルは泳いで行きたかったが、間違って海水が口の中に入ると、血液中の塩分濃度が高くなり、それを薄める為に体が水分を求めて喉が渇いてしまうので、ワイヤーを伝って進むことにした。

はやる気持ちを抑えて、サトルは最初から飛ばしすぎないように、ペースを落としてワイヤーを伝って海上を進んで行く。


しばらく進むと、イルカの群れに遭遇する。サトルは華麗にジャンプするイルカを見て、幸先がいいと喜んだが、

「逃げて、逃げて」

という音が聞こえてくる。声ではなく、超音波でイルカたちがサトルに「逃げて」と伝えていた。

サトルはなぜ逃げないといけないのか理解できなかったが、言い伝えでイルカがとても利口な生き物であることは聞いていたので、忠告に従うことにする。


サトルはワイヤーの上にあがると、猛スピードで走り始めた。すると、後方から矢が飛んできた。サトルは大きくジャンプして後方を振り返ると、頭部に毒矢を装備した数頭のイルカが追って来ていた。

超音波を使うイルカ相手には擬態も通用しない。ワイヤーに着地すると、サトルは再び全力でワイヤーの上を走って行く。毒矢を装備していないイルカたちが教えてくれなかったら、今頃死んでいただろうと思い、サトルはイルカたちに感謝した。


だけど、どうしてイルカが矢を装備しているのだろう?サトルが不思議に思っていると、霧が立ち込めてきて、視界を奪われてしまう。サトルはワイヤーの上に屈みこんで様子を伺うが、だんだんと意識がもうろうとしてくる。

ニホンザルの温泉の近くで煙を吸った時と同じだと思ったサトルは、呼吸を止めるとワイヤーを伝って進んで行く。


何とか霧を抜けると、E58型の宇宙船が前方でサトルを待ち構えていた。ガスマスクと飛行装置をつけた20名ほどの兵士たちが銃を持って出て来る。サトルは毒ガスの影響で、ワイヤーを伝って進むことすらままならず、とても戦える状態ではなかった。

一先ず擬態して海中へ逃げようとするが、毒矢を装備したイルカに見つかってしまったら即座に殺されてしまう。


利口なイルカと水中で戦うよりは、E58型の兵士と戦ったほうが勝ち目があるとサトルは判断する。

ところが、擬態しているのにE58型の兵士に左肩を撃ち抜かれる。

「何度も同じ手が通用すると思うなよ、サルが!」

E58型の兵士たちは熱感知スコープを装備した銃を使っていた。

追いこまれたサトルは、イルカたちに武器をつけるという残酷なことをしたE58型の兵士を一人でも多く殺して死んでやろうと決意する。


力を振り絞ってジャンプしようとすると、E58型の兵士たちが突然銃撃され、海に落ちて行く。弾丸が飛んで来た方向を見ると、金色の髪をしたE58型の兵士たちがいた。

すると、撃たれたほうのE58型の兵士たちが応戦し始める。理由はわからないが、E58型の人間同士が戦い始めたので、サトルはこの隙に力の限りワイヤーの上を走って逃げて行く。



2078年-

日本政府の司令室。その様子をモニターで見ていた新総司令官のササキは、

「もう一息だったのに、何で邪魔が入るのよー!キーー!」

とヒステリックになり、ハンカチを噛んでいた。ササキのオネエの部分を見た幹部たちはドン引きしている。



サトルはE58型の兵士や、毒矢を装備したイルカたちに追いつかれないように、飲まず食わずで昼夜を問わず、ワイヤーを伝って海上を進み続けた。

そして4日後の朝、水平線の彼方に島が見えた。言い伝えで聞いていた蜃気楼かもしれないと、サトルは半信半疑のまま進み続け、やがて無事に木々が生い茂った島に辿り着く。

島の奥には、見上げても頂上が見えないほど高い塔が残っていた。ここまで進んでも球体ロボットはついてきていた。


蜃気楼ではなくてよかったと安堵したサトルは、ワイヤーの上に腰掛けると、喉がカラカラだったので一先ず水を飲もうと口を開けた。

そして、その拍子に口の中に蚊が入って来て、思わず飲み込んでしまう。サトルは慌てて、お腹を殴って、手の上に蚊を吐き出す。

胃液にまみれた蚊は、僅かに体を動かすだけで瀕死の状態だった。サトルは、頼む、生きてくれ、生きてくれと心の中で願い続けた。

やっとの思いで島についたばかりでこんなことになるなんて、サトルはパニックを起こし、わけもなくワイヤーの上で飛び跳ねた。

やがて蚊はピクリとも動かなくなる。サトルはこんな風にうっかりしたことで、冒険が終わることは避けたかった。その為に、できるだけ口を開かないようにしてきたのに、完全に油断していた。自分に敵う者がいないと慢心していた。そして、何よりサトルは殺生をしてしまったことに胸を痛めていた。


せめてもの弔いと思い、殺してしまった蚊を食べると、目をつむり合唱をして謝った。サトルは待った。合掌をしながら、球体ロボットに連行されるのを待っていた。しかし、一向に連行される気配がない。サトルが目を開けて、球体ロボットを見ると、

「ここはもう不殺生国じゃないから、私がサトルを連行することはないわよ。ちなみに、私の名前はアカネ。いくらなんでもタロウはないでしょ」

そう球体ロボットが女性の声で喋ってきた。


ここは不殺生国ではない?サトルは疑問がいくつもあったが、

「どこまでが不殺生国だったのですか?」

とまず最初の質問した。

「それは秘密。教えられない決まりなの」

とアカネが返答する。

「不殺生国を出ているのに、あなたはなぜついてきているのですか?」

とサトルが続けて質問する。アカネは返答をしない。

「どうして不殺生国に引き返さなかったのですか?」

とサトルがもう一度尋ねると、

「うるさいわね!サトルのことが好きになったのよ!」

アカネに突然、告白をされ、サトルは頭の中が真っ白になった。

「サトルを追いかけている間に、好きになっちゃったのよ。優しくて、強くて、好きにならないほうがムリでしょ」

ボディを赤くする球体ロボットのアカネは、サトルにゾッコンだった。サトルは口をあんぐり開けて硬直している。


そこに、ヤドカリ型のロボットが近づいてきて、お尻をサトルに向けると、貝殻の先端についていた麻酔針を発射する。サトルはふらつき、擬態していた宇宙船が姿を現したところで倒れてしまう。

「サトル!どうしたの?しっかりして!」

球体ロボットのアカネがアームを出して、サトルの体を揺すって起こそうとするが、E58型の兵士たちに捕まってしまう。

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