第10話 自由行動

サトルはワイヤーを伝って山を下ると、そのまま森の中へ入って行く。しかし、サトルには山を下った記憶がない。なぜなら、サトルは眠りながら山を下って来たからである。

ひたすらワイヤーを伝って進んで来たことと、外敵がいなくなったことにより、眠りながら移動できるようになっていた。

森の中に入り、目を覚ましたサトルは、ワイヤーの上にあがると猛スピードで走って進んで行く。グレープフルーツの木を見つけると、実をもぎとって皮のまま丸飲みする。


あっという間に森を抜けると、サトルは飛び跳ねて喜んだ。大きな川が流れていたのだ。サトルはワイヤーを伝って移動することに飽き飽きしていた。だから、大きな川に迷わず飛び込んだ。川の水で顔を洗い、体を浮かせてしばらく空を眺めると、サトルは魚を追い抜くほどの速さで泳ぎ始める。

その方向はワイヤーが延びている方向とはまったく違っていた。気持ちよく泳いでいると、舟を漕ぐオールが浮いていた。特別使い道がなかったのでオールをスルーして泳いで行くと、今度はイカダが流れていた。乗っている者は誰もいなかった。サトルはイカダに乗ると、鍛えた指で水をかいで川を下って行く。


解放感でいっぱいだった。このまま川を進んでどうするかなど、まったく考えていなかった。ただただ、ワイヤーから離れて自由に進めることに喜びを感じていた。それから、イカダに乗って川を下ること5日間、サトルは何も食べずに過ごしていた。水分は川の水を飲んで補っていた。

川の水は濁っていたが、ゾウがおいしそうに飲んでいたので、試しに飲んで見るとお腹が痛くなるようなことはなかった。泳いでいるうちに、サトルの体が川の水に順応していた為である。

球体ロボットは相変わらず、ついてきていた。


川では、森と違って殺生をしないと食べ物を得ることが難しく、サトルはどうしたものかと考え続けた。

そうしているうちに、また2日が過ぎ、さすがにサトルは我慢できない空腹感に襲われ、飛び跳ねている魚を捕まえて食べる誘惑に負けそうになっていた。

尾っぽの部分をかじるくらいなら、魚はすぐに死なないので大丈夫ではないかとも思ったが、他の魚に食われないまま死んでしまうリスクが高かった。

たまに死んで腐っている魚が浮いていたが、それに手を出すことは決してなかった。

腐っている魚を拾えば、ウジが出て来て、それを食べることができるかもと考えたが、それではやはり殺生になってしまう。


さらに、2日が経ち、イカダの上で寝そべり意識もうろうとしていると、天からの恵みが訪れた。E58型の人間の宇宙船が上空に現れたのだ。

宇宙船には総司令官のカワカミが乗っていた。サトルが衰弱するのを待っていたのである。

「よし、この好機を逃すな!今すぐ捕獲せよ!」

とカワカミが指示すると、背中に飛行装置をつけた兵士たちが、宇宙船から出て行く。

「ワシの手にかかればこんなものよ。ワハハハハッ」

まだサトルを捕獲していないのに、カワカミは勝ち誇った顔を見せる。


E58型の兵士に囲まれ、サトルはやっと食事にありつけると喜んだ。ゆっくり起き上がると、擬態してジャンプし、飛行装置をつけている兵士たちの頭を踏み台にして進んで行く。

そして、宇宙船まで辿り着くと、入口をこじ開けて中へと入った。

カワカミと3名の兵士が慌ててサトルを撃とうとするが、擬態しているのでどこを狙えばいいのかわからない。

「ええい、とにかく撃ちまくれ!」

とカワカミが指示した時にはすでに手遅れで、サトルの爪がカワカミと3人の兵士の目に突き刺さる。

「ウオーーーー!」

と叫びながら倒れるカワカミの首を掴むと、サトルは擬態を解除し、他の兵士に外に出るようにアゴで指示する。


他の兵士が出て行くと、サトルはコックピットのドアを破り、親指を下に向けてパイロットに着陸するように指示する。宇宙船が着陸する間に、サトルは船内のベルトをちぎり取ると、それでカワカミを縛った。そして、宇宙船が岸辺に着陸すると、パイロットを外に投げ飛ばす。

「こんなことして無事でいられると思うなよ!お前を殺しに、すぐに応援部隊が駆け付けて来るからな!」

カワカミが威勢よくそう言うと、サトルはアゴを軽く殴り、脳震盪を起こして気絶させる。静かになったところで、船内にあった食料を見つけると、サトルは9日振りの食事を堪能した。


サトルは食事を終えると、船内にあったバックパックに残っている食料と水、救急キットを入れた。武器はもう必要ないと思った。十分に強くなっていたし、武器を使って相手を殺してしまうほうが心配だった。

サトルはバックパックを前向きにかけると、飛行装置を背負い、カワカミを掴んで船外へ出て行く。E58型の兵士たちが取り囲んでいたが、カワカミが人質にとられている為、手出しができない。


サトルは目をつむると、直感で思いついた方向へ向かって飛んでいく。草原にはキリンやサイなど、たくさんの動物たちが暮らしていた。そして、ライオンの群れを見つけると、サトルはカワカミを殺さない程度の高さから落とした。

落ちた衝撃でカワカミが目を覚ますと、メスのライオンが近づいてきて、大きな牙を見せる。

「ウワーーーー!」

カワカミは3頭のライオンに噛み殺される。サトルはすでに遠くのほうへ飛んでいた。


その様子は、2078年の日本政府の司令室でも見られていた。幹部たちが言葉を失う中、

「総司令官が殺されてしまった為、規律に従いこれより全軍の指揮は、この私がとって参ります」

と参謀長だったササキが宣言する。

幹部たちは一斉に立ち上がり、

「イエッサー!」

と敬礼しながら返事をする。

「私はあの阿呆とは違いますよ」

ササキはモニターに映るサトルを鋭く睨みつける。


草原を飛び続けていたサトルは、前方に壁で囲われた街を発見する。球体ロボットのタロウは、まだついてきていた。誰が暮らしているのだろうか?人間街は一つではなかったのだろうか?

サトルがワクワクしながら、その街に降り立つと、人影はまったくなかった。レストラン、ホテル、遊園地、あらゆる建物と同様に、ここで暮らしていたと思われるロボットたちが朽ち果てていた。

その中で目が光っている人型のロボットがいたので、

「大丈夫ですか?」

とサトルがロボットの体に触れると、ガシャガシャガシャとロボットは崩れてしまい、目の光も消える。

球体ロボットがサトルを連行する様子はなかったので、殺生にはならなかったようだが、それはロボットがすでに死んでいたからなのか、ロボットだから死んでも殺生にならないのかサトルには判別がつかなかった。


サトルは誰か生きていないか、街中を探しまわったが、虫一匹いなかった。とぼとぼ歩いてサトルが街の門の前にやって来ると、さっきまでなかったのにワイヤーが延びていた。理由はわからないが、王族街の住人の仕業であることは明白だった。他にこんなことをできる者はいない。

落胆していたサトルはワイヤーに興味を示さず、コンクリートの上で寝そべった。すると、カサカサという音が聞こえたかと思うと、あっという間にゴキブリの波が押し寄せ、サトルの上半身を覆う。

サトルは下半身まで覆われる前に、大きくジャンプすると、ワイヤーの上に登り、体についたゴキブリを慎重に落として行く。


サトルは王族街の住人のメッセージを理解し、ワイヤーを伝って草原の中を進んで行く。夕暮れになっても休むことなく進み続け、夜になると眠りながらワイヤーを伝って進んで行った。

明け方になり、サトルが目を覚ますと、前方に海が見えた。サトルは興奮した。言い伝えで海のことは知っていたが、まさかここまでやってこられるとは思ってもいなかった。幸いE58型の人間からいただいた食料や水もある。サトルは海を目指し、ワイヤーを伝い猛スピードで進んで行く。

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