第7話 未来No.U872569851
頭蓋骨とピューマの皮でつくった水筒以外、巨大ニシキヘビのお腹の中に消えてしまったが、サトルに焦りはなかった。
巨大ニシキヘビとの闘いで、鍛えてきた指がこの森の中でさらに力強さを増し、十分に武器になると自信を得ていた。
ワイヤーを伝って森を登って行くと、空の一部がピカッと光り、小型の宇宙船が不時着してきた。数十本の木をなぎ倒し、宇宙船はサトルの前方で止まる。
サトルはワイヤーを伝って宇宙船に近づいて行く。騒ぎを聞きつけて、ヒロシもやって来る。宇宙船のコックピットが開くと、古いタイプの男女二人が出て来る。
「E58型の人間だな。世界大戦を3度も起こしたお前のご先祖様だ」
サトルは胸を痛めていた。木に押し潰されたシカやヒョウが見えた。何百年もかかって成長した木々の命を奪われただけでなく、その拍子でいったいどれくらいの命がこの人間たちに奪われてしまっただろう。
「だから、禁止区域に入るのは嫌だって言ったのに…」
「そう怒るなよ。ちょっと修理すれば帰れるさ。それより、あいつを見ろよ」
E58型の男がサトルに近づいて来る。
「ま、待ってよ。近づいて大丈夫なの?」
そう言いながら、E58型の女も近付いて来る。
「やっぱり、ここの噂は本当だったんだ。おい、写真撮ろうぜ。これで俺たちも有名人だ」
E58型の男がカメラを取り出し、サトルが入るようにE58型の女と自撮りをする。
「変わった体型をしているわね」
「それにさっきから喋らないけど、言葉がわからないのかな」
E58型の男女は、サトルの真下までやって来る。
サトルは足でワイヤーに掴まってぶら下がる。
「すごーい!おサルさんみたい!」
「はははっ。お前、おもしろいな。チョコ上げるよ」
サトルはチョコを受け取らずに、E58型の男女の足を掴むと、思いきり握り潰す。
「ギャーーーー!!」
E58型の男女は悲鳴を上げて倒れる。その悲鳴を聞きつけた大きなトラが茂みから出てくる。倒れた木に挟まっていたピューマも出てくる。E58型の男女の表情が真っ青になる。サトルはワイヤーを伝って再び進み始める。
「おい待てよ、助けてくれよ!」
「キャーーー!!」
E58型の女の叫びを最後に、耳障りな声は途絶えた。
「カッカッカッカッカ」
その代わりにヒロシの笑い声が聞こえてきた。
サトルがワイヤーを伝って森の中を登って行くと、再び平地になり、そこには言い伝えで聞いていたビルと呼ばれる遺跡が残っていた。王族街の住人たちが調査のために遺跡を保護しており、周りには草木が生えていなかった。
その頃、西暦2078年の地球にサトルの情報が届いていた。日本政府の司令室に20名ほどの幹部が集まっている。モニターにはサトルの映像が映っていた。
「かねてから、人類の目撃情報がありました未来No.U872569851にて撮影された画像です。許可なく侵入した一般人が撮影したものですが、彼らの生命反応は途絶えております。無論、この件につきましては、同盟諸国にも極秘にしております」
と参謀長のササキが報告する。
「我が国を含め世界各国が、幾度も偵察部隊を派遣して参りましたが、何者かに撃墜されておりました。恐らくは、腕が発達しているこの人類の仕業でしょう。今回、一般人が殺されたことからも、極めてに好戦的であることは明白です」
と大将のキクチが未来No.U872569851の情報をつけたす。
総司令官のカワカミが立ち上がり、
「もう猶予がない…。すぐに精鋭部隊を送りたまえ!この未来が、我々の唯一の希望である!」
と力強く指令する。
他の幹部たちも立ち上がり、
「イエッサー!」
と返事をして敬礼をすると、司令室から勇ましく出て行く。
サトルがワイヤーを伝って山を登って行くと、駅が唐突に姿を現した。駅と言っても電車は走っておらず、ワイヤー沿いにホームがあるだけの無人駅である。虫や動物たちの姿も見られなかった。ホームからは屋根つきの橋が遺跡に向かってかけられている。
サトルはビルと呼ばれていた遺跡に行ってみたかったので、駅のホームに降りることにした。
駅の出入り口は、赤いレーザーのような膜で覆われていた。サトルは左手だけを入れてみると、特に変わった様子はなかったので、そのまま出入り口をくぐって行く。
遺跡へ続く屋根つきの橋には、ワイヤーが設置されていなかったので、サトルは久しぶりに2足歩行で進む。駅のホームと同様に、橋にも虫一匹いなかった。
長い橋を利用して、サトルは試しに走ってみた。一歩で優に10mも跳べるようになっており、長い橋をあっという間に渡りきる。遺跡の入口も、赤いレーザーのような膜で覆われていた。サトルは先ほどと同じように左手だけ入れて様子を見てから中に入る。
遺跡の中には何一つ物がなく、この遺跡の中で過去に起こった出来事の3D映像が、あらゆる場所でランダムに流れていた。
王族街の住人たちは、この未来が過去の人類によって書き換えられないように、無数にある遺跡の中から“ブロックキー”を探していた。
“ブロックキー”とは、その出来事さえ起これば、他の出来事が過去の人類にどんな風に書き換えられても、この未来に必ず行きつくという極めて重要なものだった。
サトルはそのことまでは知らなかったが、王族街の住人たちが遺跡で何かを探していることは噂で聞いていた。
また、王族街の住人たちがここへ直接やって来ることがないことも知っていた。彼らには、その必要がないからである。
それにしても、E58型の人間たちが偉そうに言い争っている映像ばかりで、サトルは遺跡に入ったことを後悔し始めていた。
すると、モニターに映ったサトルの姿を見て、ひげ面の人間が何かを指示する映像が流れた。
サトルはなぜ自分の映像が流れたのか理解できなかったし、一瞬のことだったので気の性だと思った。そして、巨大ニシキヘビと闘った疲れもあったので、今日はここで眠ろうかと思ったが、レインボーのことが気になったので、遺跡から出て行くことにした。
駅のホームに戻って来た時には、すっかり暗くなっていた。しかし、サトルに焦りはなかった。暗くても見えるように視覚能力が進化していたのである。サトルは極限状態の中で、自分の体が急速に自然環境に適合していることを実感していた。
軽くジャンプしてワイヤーを掴むと、再び森の中を登って行く。しばらくして、ワイヤーから8mほど離れたところに、レインボーユーカリの木を見つけると、サトルは躊躇せず飛び移った。
枝まで登って待っていると、レインボーがやって来て、手際良く巣をつくってくれる。サトルはお返しに食べ物をあげることができず、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
ピューマの皮でつくったロンググローブもロングブーツもなかったが、今のサトルにとって何の問題もなかった。サトルは右手の人差指と中指を枝に突き刺すと、蜘蛛の巣のベッドで横になった。そして、明日の朝までに獲物がかかっているといいなと思いながら眠りについた。
サトルが目を覚ますと、昨日遭遇したE58型の男の生首が巣にかかっていた。
「一番うまい脳みそを持ってきてやったんだ」
ヒロシが枝に留まっていて、サトルがハイエナの皮でつくった袋を体にかけている。
「これはもう俺のだぞ。命がけでヒョウの隙をついて取って来たんだからな」
サトルは枝に刺した指に力を入れると、巣の糸から体を離し、ヒロシがいる枝のほうへ移動する。
レインボーが巣まで上がって来て、E58型の男の生首を捕食する。
「レインボーがお前の役に立っている。お前が俺の役に立っている。だったら、俺もレインボーの役に立たないとな」
サトルはそんなことよりも、レインボーが人間を捕食していることが気になって仕方なかった。森の入口で判断を誤っていたら、あのメスの蜘蛛に自分も捕食されていたかと思うとゾッとした。
「心配すんな。レインボーはお前を食わねえよ」
それについてサトルはまったく心配していなかった。レインボーは人間街には一人も居なかった仲間なのだから。
「それから、これはお前の分だ」
ヒロシが口ばしを使い、袋からグアバを2個取り出すとサトルに渡す。
「ありがとう」
サトルは食べ物がこんなにおいしく思えるのは初めてだと思った。仲間が採って来てくれた食べ物の味は別格だった。
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