第6話 命を奪われても

サトルはワイヤーが徐々に上向いていることに気付いた。着実に山の中心に近づいていることがわかり、サトルは喜んだ。

人間街からこの山を見ては、いつか山の頂上からはどんな景色が見られるのか、自分の目で確かめてみたいと思っていた。

ワイヤーを伝って登り続け、ミズナラの木を見つけると、サトルは枝を切って、枝から出てくる水を改良した水筒に溜めた。その間、サトルは生きている心地がしなかった。茂みから何かが動く音がする度に、突然襲われたりしないか緊張が走った。

命がけで水を溜めると、再びワイヤーを伝って進み、夕暮れになる前に高さ30mほどのフタバガキの木に登ることにした。

サトルは枝があるところまで登ると、ピューマの皮を取り出し、サボテンの針と髪の毛を使って、ロンググローブとロングブーツをつくる。これをつくる為に、早めに木の上に登って来たのだ。


夜になると、7本脚の蜘蛛のレインボーがフタバガキの木を登って来た。サトルは袋からバナナを取り出し、レインボーに向かって投げる。レインボーは皮ごと一瞬で食べる。サトルはバナナをもう1本、レインボーにあげた。

これだけではお腹いっぱいにならないだろうが、残りの1本は自分の為に残すことにした。


サトルが上に登ると、昨晩と同じようにレインボーが枝と枝の間に巣をつくってくれる。

掴まって起きやすいように枝に髪のロープを結んでおき、先ほどつくったロンググローブとロングブーツを身につけると、サトルは腕を頭の後ろに回して巣に落ちる。

やっぱり睡眠ボックスより何倍も寝心地がよかった。

人間街の皆に教えてあげたいけれど、教えたところで誰も来ないだろうなとサトルは少し寂しい気持ちになった。フクロウの鳴き声を2回だけ聞いて、眠りに落ちる。


「助けてくれ。おい、目を覚ませよ。おい」

聞き覚えのない声でサトルは起こされる。ぐっすり寝てしまい、すっかり明るくなっていた。

「早く助けてくれよ」

隣には巣にかかったシシオザルがいた。大きさからして子供だとわかる。シシオザルの視線の先には、サトルが起きるのを待っているレインボーがいた。

サトルはロンググローブから手を抜くと、枝に結んだ髪のロープを引っ張って、巣から体を離す。そして、枝に移るとロンググローブとロングブーツを回収する。

「そんなのいいから、早く俺を助けろよ」

と子供のシシオザルに言われ、サトルはどうしたものかと困惑した。

「お前、まさかそいつを助ける気じゃないだろうな?」

ヒロシが飛んで来て、枝に留まる。

「そいつはレインボーの獲物だぞ。お前に手を出す権利はない」

ごもっともな意見だとサトルは思った。ただ、子供だということがひっかかった。

「頼む、後で何でも言うことを聞くから助けてくれ」

子供のシシオザルがサトルの目をじっと見つめる。サトルが手を差し出そうとすると、ヒロシが前に飛んで来て、

「サトル、子供だから食われるんだ。子供だから群れからはぐれて、この巣にかかったんだ。弱いから食われるんだ」

と言ってサトルを止める。サトルは巣から離れることにした。レインボーが巣に上がって来て、シシオザルに近づいて行く。

「お願いだ。王族街の連中の秘密を教えてやるから、助けてくれ」

王族街の秘密なんて聞きたくもない。サトルは手で耳を塞いだが、目を閉じることはなかった。シシオザルは叫びながら、レインボーに捕食される。これが自然界の日常なのだと、サトルはその光景を目に焼き付けた。


サトルは水を二口だけ飲むと、フタバガキの木から降り、ワイヤーに飛び移って進み始める。しかし、すぐに動きが止まる。前方の木の枝にヒョウが潜んでいた。森に入った時から、木登りが上手なヒョウとは遭遇したくないと思っていたが、とうとう出くわしてしまった。サトルはゆっくりワイヤーの上にあがり、槍を手にする。

まともに闘っても勝ち目はないが、槍をもっていたほうが幾分落ちつくし、襲われても追い払うことはできるかもしれない。


サトルが様子を伺っていると、シカの親子がヒョウのいる木に近づいて来る。しめた、とサトルは喜んだ。ヒョウが子供のシカを襲っている隙に通りすぎてしまおうと思ったのだ。ところが、シカの親子が木の下を通って行っても、ヒョウはピクリとも動かず襲うことはなかった。お腹がいっぱいなのだろうか?日中は狩りをしないのだろうか?


サトルは考えた末に、ずっとここに留まっていても他の動物に襲われるリスクがある為、ワイヤーを伝って進むことを決める。なるべく音をたてないように、それでいて速く通りすぎるようにサトルは心がけた。ヒョウが潜んでいる木を通りすぎて安心したのも束の間、今度はニシキヘビが木の上で潜んでいた。

ヘビとは思えないほどの太さで、サトルの倍以上の大きさはゆうにある。シカの親子をヒョウが襲わなかった理由は、この巨大ニシキヘビだったのだ。後方にはヒョウ、前方にはニシキヘビ、最悪な相手にサトルは挟まれてしまった。巨大ニシキヘビに睨まれているようで、ワイヤーの上にあがることさえできない。サトルは地面の様子を伺うが、虫がうじゃうじゃいて降りられそうもなかった。


巨大ニシキヘビは木から降りて、ワイヤーに巻きつく。サトルは死を覚悟した。闘って勝てるわけもなく、逃げ場もない、生きる為にできることが何一つ見つからなかった。でも待てよ、ここへやって来た理由は何だったのだとサトルは思い返した。逃げる為ではない。

精一杯生きて死ぬためにここへやって来たのだ。それならば、この状況は願ってもいない機会ではないか。サトルは死ぬ前に思いっきりあがいてやろうと腹をくくった。ワイヤーの上にサッと上がると、側転を繰り返して後方に移動する。巨大ニシキヘビに噛みつかれそうになるが、冷静になったサトルは相手の動きがよく見えていた。


間一髪のところでバク宙をしてかわすと、そのままヒョウが潜んでいる木の後方まで退く。巨大ニシキヘビはヒョウにも襲いかかる。ヒョウは木から飛び降りて一旦地面に逃げると、すぐさま巨大ニシキヘビに飛びかかって頭を噛み砕こうとする。

巨大ニシキヘビはヒョウの攻撃をかわすと、大きな体を使ってヒョウに巻きつき締めつける。身動きが取れなくなったヒョウを、巨大ニシキヘビが頭から飲み込もうとすると、サトルが大きく口を開いた巨大ニシキヘビの喉に槍を突き刺した。しかし、致命傷を与えられず、槍は噛み砕かれてしまう。


巨大ニシキヘビとヒョウが闘っている隙に、逃げようと思えば逃げられたが、サトルは殺るか殺られるかの闘いを最後まで続けたいと思った。万に一つ殺せたとしても、球体ロボットに捕獲され、人間街の処刑ルームで殺されることになる。それでも、サトルはこの闘いに勝ちたいと思った。

何より恐怖に怯える自分に負けることだけは絶対に嫌だった。命を奪われても自分の信念だけは殺させはしない。巨大ニシキヘビはヒョウから体を離し、再びサトルに襲いかかって来る。サトルは木の枝を使って、巨大ニシキヘビの背後に回る。ヒョウはその隙に逃げて行った。


巨大ニシキヘビは向きを変えると、口を大きく開いてサトルに噛みつこうとする。サトルは巨大ニシキヘビの口に袋を入れて身を守ると、鍛えた指を巨大ニシキヘビの目に力の限りぶっ刺した。たまらず巨大ニシキヘビはのたうちまわり、木から落ちて逃げ去って行く。すると、ヒョウが仲間を連れて戻って来て、巨大ニシキヘビに襲いかかって仕留める。


サトルはワイヤーの上でかがみ込んだ。死闘から解放されると、体が大きく震えだした。怖かった。怖くて怖くてたまらなかった。だけど、心の中は自分に負けなかった喜びで満ち溢れていた。生きていく為には、逃げていい闘いと、逃げてはいけない闘いがあることをサトルは身をもって学んだ。

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