第5話 レインボー
「カッカッカッカ」
ヒロシの笑い声で、心地良い眠りからサトルは起こされる。日中の時間を大切にしたかったので、明け方には起きて食料を探すつもりだったが、すっかり朝になっていた。
7本脚の蜘蛛は、昨晩と同じ位置でじっとしていた。
「もっと楽しませてくれるかと思ったけど、所詮人間なんてこんなもんか。まあ、飯をくれたよしみだ、お前が食われるところを見守ってやるよ。カッカッカッカ」
サトルは手足に巻いていたピューマの皮を外すと、枝に掴まって巣の糸にくっついた体を離し、枝の上に移動する。
「何だよ、普通に眠っていただけかよ。つまんねーの」
ヒロシを相手にしないで、サトルは巣に残したピューマの皮を器用に回収する。
7本脚の蜘蛛が登って来て、巣を取り集めると、それを食べる。サトルは7本脚の蜘蛛に向かって、合掌をしてお礼をする。
「ひょっとして、こいつは王族街の出身かもな」
ヒロシがそう言うと、サトルは怯えた表情を見せる。サトルたち人間は、“王族街”という言葉を使うことさえ恐れていた。
「お前に仲間意識を持っているなら、そうとしか思えない。おい、来るぞ…」
クマタカが飛んで来て、7本脚の蜘蛛を捕獲しようとする。サトルは槍を使ってクマタカを追い払う。7本脚の蜘蛛は、レインボーユーカリの木から降りて行く。
「お前が寝坊したからだぞ」
ヒロシの言うとおり、自分のせいで危険な目に合わせてしまい、サトルは7本脚の蜘蛛に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「あいつの名前はなんて言うんだ?」
そうヒロシに聞かれても、サトルは7本脚の蜘蛛の名前を知らない。
「まったく人間は、仲間の名前も知らないのか」
サトルは反省し、レインボーユーカリの木を指さす。
「なんだよ、この木がどうした?」
サトルは蜘蛛のジェスチャーをして、再びレインボーユーカリの木を指さす。
「だから、蜘蛛と木が何だって言うんだ?」
「レインボーだよ。彼の名前は、レインボー」
「思っていたより甲高い声だな。それじゃ、またなサトル」
ヒロシが飛び立って行き、サトルは手を振って見送るが、おかしな点に気付く。ヒロシに自分の名前を教えた覚えがなかった。
考えてもわからないので、荷物をまとめて出発することにした。サトルはレインボーユーカリの木から降りると、ワイヤーに飛び移る。ウチワサボテンを食べて以来、何も食べていなかったので、早く食事にありつきたいと思っていた。ワイヤーを伝って進みながら、食べられそうなものを探していると、サトルは地面で数匹のアリが死んだミミズを運んでいるのを見つける。
ワイヤーの上からでも、地面にいるアリがくっきりと見えた。人間街を出てから、目を凝らして見る機会が増え、視覚能力が進化していたのだ。
サトルはワイヤーに足で掴まるとぶら下がり、アリから死んだミミズを奪い、ミミズに残っているアリに息を吹きかけて落とす。
ワイヤーの上に戻り、周囲を警戒しながら、サトルは久しぶりに食べ物をいただく。
ミミズに感謝をして合掌をすると、再びワイヤーを伝って進んで行く。
今度は、遠くにあるバナナの木を発見する。実は熟していて、ワイヤーから斜めに体を伸ばせば十分に届く距離にある。正確に言うと、バナナは一度実ができると枯れてしまう一年草である。従って、このバナナの実を採ると殺生になるかもしれないとサトルは悩んだ。
でも、もともと一年で枯れる草なのだから、ここでバナナの実を採ろうが採るまいが、自分の行いによって命を左右することはないとサトルは思った。
決断をすると、サトルは体を斜めに伸ばしてバナナの実を5本採った。必要以上に採って、アリが集まることを懸念してのことだった。
球体ロボットが無反応でいることを見て、サトルはほっと胸をなでおろす。
バナナを3本、袋に入れると、喉に詰まりそうになりながら、急いで2本のバナナを食べる。残った皮は、足でワイヤーに掴まってぶら下がり、地面にそっと落とした。
あっという間にアリが集まって来て、バナナの皮を運んで行く。
サトルはワイヤーに上がると、バナナの木に向かって合掌してから、先に進んで行く。
視覚能力が進化していなければ、サトルはこのバナナの木に気付かずに通り過ぎていた可能性が高い。人間街を出るまで飲み続けていた進化薬の効果が、極限状態の中で表れ始めていた。
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