第3話

桂木のメールが来てからは仕事に集中しようとしても無理で、いつの間にか退社の時刻になっていた。午前中に集中していたせいか、なんとか仕事は終わらせることができた。


だが…



「斉藤さん」

「!はい…」

「行きますか」

「…はい」



なぜ敬語なのかは自分でもわからない。きっと知らないうちにこいつにビビっているのかもしれない。美形が睨むと凄みが増すというか…こちらが上司なのに全くもって情けない。社会人何年やってんだ、とは思う。


今まで誘ってもピシャリと断り続けていた桂木が、向こうから誘ってきたのは一体どういう風の吹き回しか。

俺が不審がるのも自然なことだと思う。



「斉藤さん、…」

「何…―」



目が合った瞬間。


桂木の瞳が悲しく揺れた気がした。

なぜそう思ったのかは、わからないけれども。




背筋を正して、気合を入れてから俺はスタスタ歩く桂木と少し距離をとってついていった。











桂木が案内してくれたのは居酒屋。あまりこ洒落すぎてなく、俺にもくつろげる空間だったことに安心した。予約してあったらしく、桂木の用意の良さに感心したのだった。

とりあえず腰を下ろし、適当につまみを注文する。



「意外だったよ」


お前から誘ってくるなんて、とこちらから切り出した。

桂木が一向に喋る気配を感じさせなかったからだ。


「斉藤さんが、…」

「俺が…どうかしたのか」


何か言いかけて、桂木は再びビールを口にした。どうやら言いたくはないらしい。

これなら長期戦か、と俺もビールを煽った。






後悔先に立たずとはよく言う。

全くその通りだ、今の状況というのは。




「斉藤さん…そんなに飲んでないじゃないですか…」

「うる…さい………」


あれから二時間。

沈黙の飲み会は桂木の溜め息で展開を見せた。俺はというと…結構酔っ払っていた。


酒は強くはない。むしろめちゃくちゃ弱い。

だから飲み会でもひたすら烏龍茶で、帰りに運転手になることが常だった。


ビール缶一杯で真っ赤に酔っ払ってしまう俺が、今日はジョッキ二杯飲めただけでも奇跡だ。なんでこんなに飲めたのか、自分でも不思議だ。




「飲めないくせに…」

「…桂…木」

「……」



無表情な後輩の困ったような顔が見れて、なぜか胸が高鳴った。


そして俺は、意識を手放したのだった。

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