第2話 特盛りは突然に

  ――カランコロンカラン。


 どこでもお決まりになっているような音を聞きながら、店内へと足を踏み入れた俺。

 成り行きでこんなところに来てしまったが、正直どうなんだろうか?

 こういうところってメイドさんを見る目的だから飯はあんまりうまくないって聞いたことあるんだが……。


「てんちょー! お客様をお1人お連れしましたぁーっ!」


 俺がそんなことを思っているとはつゆ知らず、二ナモはロリボイスを店内に元気よく響かせて”てんちょー”を呼ぶ。

 すると店の奥からゆっくりとこの店の”てんちょー”が現れた。


「あらっ、いらっしゃいませ」


 ――むむっ、店長は割烹着か。なかなかやるな。しかし店長なのにずいぶんと若い人だな。

 俺はそんなことを思いながら、店長さんをじっと見つめる。

 すると店長さんは恥ずかしそうに視線をそらした。


「あの、やっぱりこんな年でこういう恰好はやっぱり似合わないでしょうか?」

「へっ? あっ、いえ、そんなことないと思いますよ!」


 俺は慌ててそう言った。

 むむむっ、この店長さんって”こんな年”って言うほどの年なのか? まったくそう見えないぞ?

 気になってきた――。


「店長、このお客様を席まで案内しちゃいますね」

 と、俺の後ろから現れた千夏がそう言った。

「そうね、お願い千夏ちゃん」

「はい――じゃあほら、こっちよ」


 千夏はそういい残すと、スタスタと歩いていってしまう。

 ずいぶんな扱い方だな。俺は一応お客さんなんだぞ。

 俺は千夏の態度に少し唇を尖らせながらも、あとに続いて歩き出した。

 千夏に通された席へと座った俺は、さっそくメニューを手にとった。

 ――確かこういうメイドなんとかって所って普通のお店にはないようなちょっと変わったメニューがあるんだよな。

 せっかくこういう場所に来たんだし、ためしにそういうものでも頼んでみるか。

 俺がそんなことを思っていると、腹の虫が再び鳴いた。

 いや、やっぱり今回は腹にたまる普通のメニューにしよう。

 俺はそう思いなおしてメニューを見る。

 ざっと見たところ”猫娘カレー”や”ツンデレ寿司”とかよくわからない名前の料理もあるが、どちらかというと普通のファミレスにあるような料理の方が多い。

 よし、無難だがこのハンバーグ定食にしょう。


「ご注文はお決まりですかぁー?」

 と、突然二ナモのロリボイスが響き渡る。

「あれ? おまえ外でチラシ配りしてたんじゃないのか?」

「それはさっきまでです。今は千夏ちゃんと交代して私がみんなの注文を取ってます!」

「ふーん、そうか。じゃあまあ注文を頼む」

「わっかりました! どうぞ!」

「ハンバーグ定食を頼む。あっ、ライス大盛りでな」

「はーいっ、猫娘カレー大盛りですね!」


 俺はメニューをめくっていた手をピタリと止めた。

 そして出来るだけ落ち着いた声を出すように心がけて言った。


「……おい」

「ふえっ?」

「もう一度ご注文を繰り返せ」

「はいっ! 猫娘カレー特盛り1丁ッ!!」


 俺は吸って吐く深呼吸をゆっくりと行う。

 そして手にしていたメニューをテーブルの上におき、顔を二ナモへと向けてにこやかに言った。


「帰れ」

「ふえっ!」

「早く妖怪横丁へ帰ってしまえ」

「ふええええええっっ!?」

「なんでですかぁ!?」

「なんでもクソもあるか、このおバカ猫娘! 注文もキチンと取れんのか!?」

「うぅーっ、だって猫娘カレーおいしいんですよぉーっ?」

「おバカぁっ! 自分の趣味で注文を変えるウェイトレスがどこにいるんだよ!!」

「うぅーっ、二ナモはウェイトレスじゃありません。猫耳メイドです」

「じゃかしいっ、どっちでもいいわ! いいからハンバーグ定食を持ってこい!!」

「うううっ……わかりましたぁ~」


 猫耳をしょぼんとたらして、二ナモはトボトボと歩いていく。

 その後ろ姿を見ていたらなぜか罪悪感が生まれた。

 何人かの客が俺に向かって鋭い視線のビームを放つ。

 ――ちょ、ちょっと待て。俺が悪いのか?

 いや、確かに大人げなかったかもしれないが、勝手に注文変えたあいつも悪いよね? そうだよね?

 じーーーーっ。

 他の客が放つ”おまえが悪いビーム”

 ぐっ、ぐぬぬぬぬっ!!

 しっ、仕方ないここは二ナモを呼び止めるしかない。


「待ちたまえ、二ナモ君!」

 俺は数々の視線に耐え切れずに声をあげた。

「ふぁい、なんですか?」

「あーっ、なんだ……その、注文変更だ」

「ふぇっ!」

「おまえがオススメする猫娘カレーをお願いする」

「ほっ、ほんとですかぁ!?」

「不本意だが仕方あるまい」


 俺はそう言って周りの人たちを見る。

 ……だってこの人たち目が本気なんだもの。


「――お兄さん!」


 と、二ナモが満面の笑みを浮かべながら俺の元へと駆け戻ってきた。

 俺はその勢いの良さに気おされて身を引いた。

 そんな俺に二ナモは顔を近づける。


「二ナモ、優しい人ってだぁーい好きです!」

「……そうですか」

「うんっ、そうです!」

 二ナモはそういうとくるりと回って後ろを向いた。

「じゃあちょっと待っててね、お兄さん」


 そしてそういい残すと、二ナモはこの場から走り去っていった。

 ――嵐のような奴だ。

 俺はそんな感想を胸に抱く。

 ……そういえば、悲しいかな他人に好きとか言われたのって久しぶりだったな。

 冗談や嘘でも少し嬉しいかも。

 俺はポリポリと頬をかく。

 と、なぜかいまだに他の客の視線を感じた。しかも先ほどよりも強烈な気迫感プレッシャー

 なっ、なぜだ!?

 俺は他の客と視線を合わせてみる。

 するとその客は魂のパトスに絡めとられた瞳をしていた。

 声には出していないが、”大好きだとぉ!? なぜ貴様如きがぁっ!!”と言ったような叫びが俺の脳裏に響き渡る。

 ――くっ、くそぉっ。じゃあ俺はどうすればよかったんだ。教えてくれよぉ……。

 俺はそんなことを思いながら自分の席の隅っこで小さくなるしかすべはなかった。




 俺が隅っこで小さくなっていること約15分。

 地獄とも思える時間を水のみで過し、すでにコップに入った氷までも噛み砕き尽くしたちょうどその時。

 銀のトレイに湯気のあがる”猫娘カレー”とやらをのせた店長さんがやってきた。


「お待たせいたしました」

「おおっ、心の友よ!」

「あらっ、えっち」

「……」


 俺は店長さんの言葉にツッコミを入れていいものかどうか迷った。

 だがここはスルーの方向でいこうかと思う。

 というか、俺はそれ以上にツッコむべき対象をこの目に捉えてしまっていた。


「ちょっ、ちょっと店長さん! それはいったい――!?」


 俺はトレイの上にのったそれを指差して、思わず叫んだ。

 すると店長さんはなぜか顔を赤らめる。


「はい、これが猫娘カレーの特盛りです」


 そして店長さんは俺の目の前に猫娘カレー特盛りをおいた。

 どかんっ、と重量感のある音と共にテーブルを揺らす異常な物体。

 それを見た俺は自然と生唾を飲み込んでいた。

 ――なっ、なんという盛られ方だ。これは普通のカレーライスの3倍……いや、6倍くらいはありそうだぞ。さすが特盛りといったところか。

 しかもなんかカットされたリンゴが猫耳のように突き刺さってるけど、それで猫娘カレーなのか?


「はい、その通りです。そのリンゴが猫耳のように見えてかわいいと思いませんか?」


 と、店長さんが俺の疑問に答えるように的確なことを言った。

 だがそれに妙な気味の悪さを覚えた俺はそれを口にした。


「あれ? 俺いまなんか独りごと言ってましたか?」

「いいえ。私はただ地の文を読んだだけですけど?」

「……はい?」


 地の文? なんだそれは?


「あっ、ごめんなさい。私ったら説明してませんでしたね。地の文っていうのは小説などで様々な描写がされる文のことなんですよ。つまり簡単に言うと、「」で囲まれていない文章のことですね」

「あっ、あのーっ……小説とか「」とかまったく意味がわからないんですけど」

「あらっ? いやだ――私、いまそんなこと言ってました?」

「はい、それはもうハッキリと」

「そうですか……私って電波キャラ設定みたいなのでたまに自分でもよくわからないこと言っちゃうみたいなんですよね」

「それに私、見える人ですから」

「見えるって――幽霊とかですか?」

「いいえ、地の文です」

「……ふざけないでください」

「あらあらっ、ふざけてるつもりはないんですよ――でもまあ、そうですね。地の文のことは綺麗さっぱり忘れてください」

「ええ、そうします」

 なんか怖いので。

「そうなんですよ。地の文のことを話すと皆さんに怖がられてしまうんですよね」

「……」


 もう返す言葉が見つからない。

 あまり信じたくはないがどうやらこの人は地の文とかいう心の中のようなものが本当に見えてしまう人らしい。

 あんまり余計なことは考えないようにしよう。


「あっ、大丈夫ですよ。見ようとしなければ地の文は見えませんから」

「――いまは見てるんですか?」

「はい、思いっきり」

「やめてください」

「うふふっ、了解です」


 ニコニコ笑顔を崩さずにそういう店長さん。

 なんだかもの凄く恐ろしいぞ、この人。


「ほらほら、それよりも温かいうちに猫娘カレーを召し上がってください。冷めてしまうと美味しくないですから」

「そっ、それもそうですね。すっかり忘れてましたよ」

「うふふっ、オトボケさん」

 忘れてたのはあなたのせいですけど――とは口が裂けても言えない。

「よし」


 俺は気を取り直して猫娘カレーに集中する。

 通常の6倍――つまり6人前くらいはありそうなこのカレーの山にスプーンを差し込む。

 そしてスプーンの上にルーとライスが半分くらいずつになるように掬い上げると、俺はそれを口へと運んだ。

 ――はむっ。もぐもぐもぐもぐ……。


「お味はいかがですか?」

「うまい!」

 テーレッテレーッ!

「あら、それは練って美味しいお菓子じゃありませんよ。でも喜んでもらえたみたいでよかったです」

 さりげなく俺の心を読みながら、店長さんは嬉しそうにそう言った。


「じーーーーーーーっ」


 と、なにやら俺のことを見つめる1匹の妖怪の姿を発見。

 あいつ、あんなところでなにしてるんだ?


「あらあらっ、二ナモちゃん。また拗ねてるのね」

「拗ねてる?」

「はい。”猫娘カレーは二ナモが持っていきますッ!!”と言っていつもお客様のところへ持っていきたがるんですけど――」

「けど?」

「いつも全力疾走でお客様のところへ持っていってしまうんですよ。だから途中で転んでひっくり返したり、カレーがぐちゃぐちゃになったり、お客さんの耳の穴にリンゴが突き刺さったりと色々被害が多発しまして……」

「だから最近は私か千夏ちゃんが猫娘カレーを持っていくことにしているんですけど、そうするとああやって拗ねちゃうんです」

「なるほど」


 二ナモが全力疾走でこの特盛りカレーを運んだらとても悲劇的なことが起こることは簡単に想像できたので、俺は店長さんに同意してうなづいた。

 ただ耳の穴にリンゴが突き刺さったというミラクルはちょっと見てみたい。

 まあ、自分が被害を受けたら嫌だけど。


「いつも猫娘カレーの注文を取ってくるのは二ナモちゃんなので、運ぶところまで本当はやらせてあげたいんですけどね」

「――あいつ、もしかして客に毎回あんな押し売りみたいなことしてるんじゃないだろうな……」

「はい? 二ナモちゃんがなにか?」

「あっ、いえ、誰からも文句が出てないのならそれでいいんです」


 俺は苦笑いを浮かべる。

 あいつがクビにならないのが不思議だが、ここの店長がこの人ならそれもありなんだろう。

 なんというか、二ナモはマスコットキャラみたいなもんなんだろうな。

 たぶんだけど。


「あの、すいません」

「はい?」

「作者がもうこれ以上はネタがないそうなので、お話はこのくらいでよろしいでしょうか?」

「えっ、作者?」

「はい、作者がそう言ってます」

「……よくわらないですけど、お仕事もあるでしょうからどうぞ」

「はい、では失礼します」

「あっ、そうだ。この短編小説はもうすぐ終わりだそうですからもう少しだけお付き合いくださいね」

「……」


 店長さんは最後もよくわからないことを言って去っていった。

 謎の多い人だ。だがあの人の言動を深く考えると、ヤバイ気がする。

 俺はそんなことを思いながら、猫娘カレーを口に運ぶ。

 うまい。

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