メイドファミレスへ行こう!

斉藤言成

第1話 メイドさんは突然に

 ぐぅ~。


 俺は空腹で唸るおなかをさすりながらトボトボといつものラーメン屋に向かって歩く。目的はみそラーメン。

 みそラーメン、みそラーメン、みそラーメン……。

 心の中で念仏のように”みそラーメン”と何度もつぶやく。

 行きつけのラーメン屋は安くてボリュームもあるのでいつもお世話になっている。

 空腹のいま、その店のみそラーメンを想像するだけでよだれがダラダラとたれてきてしまいそうだ。

 

「あっ、ちょっとちょっと! そこのお兄さん!」


 と、突然誰かの声が聞こえた。

 声の質からして女の子だろう。ずいぶんと耳に残る声だ。これが世に言う”ロリボイス”というものか。

 しかしいくら空腹とはいえそんなロリボイスの幻聴が聞こえてしまうとは――いかんいかん、これは早いところ胃袋に何か入れてやらねば……。

 

「あ~っ! 無視しないでくださいよぉー!! そこのよだれダラダラのお兄さんッ!!!」


 むっ、もしかして……幻聴じゃないのか?

 ためしに俺は自分がよだれをたらしているかどうか確認してみる。

 恥ずかしいことによだれがたれていた。

 俺はよだれを服の袖で拭うと、声の聞こえてきた方へと視線を向けた。

 するとそこにはフリフリの服――俗にいうメイド服という奴を着こんだ奇怪な女の姿が目に飛び込んできた。

 その女は頭から猫耳を生やしており、ニコニコと人懐こい笑顔を浮かべている。

 ――俺はいつの間にゲゲゲの世界に来てしまったのだろうか。

 俺はそんなことを思いながら、夢であるならば覚めろと目を擦る。


「ふふふっ、ようやく立ち止まってくれましたね」

「すまん、俺に妖怪の友達はいないはずなんだが……」

「ふぇ、あたし妖怪だったんですか!?」

「……いや、そんなこと俺に聞かれても――」


 俺はポリポリと頬をかく。

 妖怪ではないようだが、俺はなんだかとんでもないモノに掴まってしまったようだ。

 どうするべきか。

 俺はすぐさま思考を切り替えて考える。色々な選択肢が頭に浮かんだが、やはりこれしかない。

 この場は戦う――!

 そうだ。男たるものどんなものにも果敢に挑んでいかなければならない。そう、たとえ相手が奇怪な姿をした女子であろうとは俺は怯んだりしない!


「さあ、こいッ!」


 俺は覚悟を決めて妖怪猫娘と対峙する。

 まずは俺の好きなアクション映画で主人公が使っていたおちょこの舞で相手をけん制だ。


「えっ、ええっ、ええええっ!?」


 俺のおちょこの舞のポーズを見た猫娘が驚いて声をあげる。

 ふふふっ、怯えてやがるぜ! この猫娘はよぉッ!!


「ちょっとッ! そこの変なポースの男ッ!! ニナモに何しようとしてんのよッ!?」


 横からそんな声が聞こえてきたかと思ったら新手が現れた。

 ――なッ! スタンダートタイプのメイドだと!?

 俺は心の中でそう叫ぶ。

 新手として現れたメイドさんはショートカットの短い髪に鋭い目つきをして少し怖い感じがするが、スタイルはいい。

 妖怪猫娘をロリメイドと言うのならば、こちらは正統派と言うべきか……。

 いや、今はそんな事を考えている場合ではない。

 妖怪猫娘だけならまだしも、俺はノーマルメイドさんとも戦わねばならない運命だとでもいうのか!?


「あっ、千夏ちゃんだ」


 と、新手のメイドさんを見た猫娘が笑顔になってそう言った。

 千夏と呼ばれたメイドはそんな猫娘とは裏腹に鋭い顔つきでズンズンとこちらに近づいてくる。

 そして俺と猫娘の間に割って入ってくると、とんでもないことを口にした。


「早くどっか行きなさい! このヘンタイッ!!」

「うぉいっ! ちょっと待て!!」

 俺はおちょこの舞を解いて、思わず大きな声をあげる。

「なによヘンタイ!」

「待て、待ってくれ! それは誤解だ!」

「なにが誤解よ。二ナモの前であんな変なポーズして――ヘンタイ以外のなんだっていうのよ!!」

「うっ、そういわれると言い返せない感じもするが……とにかく! 俺はヘンタイではないッ!!」

「うん、そうだよ千夏ちゃん。この人はヘンタイさんじゃないよ」


 と、二ナモと呼ばれている猫娘が突然俺に助け舟を出してくれた。

 この状況をなんとかしたかった俺は、迷わずそれに乗って千夏に言った。


「ほら、見ろ! そこの猫娘だって俺をヘンタイではないと言ってるじゃないか!?」

「――本当なの、二ナモ?」

「うん、そうだよ千夏ちゃん。この人はヘンタイさんじゃなくてヘンジンさんだよ」

「……」


 沈没でございます。

 どうやら俺が乗った舟は泥舟だったようだ。


「あんまり変わらない気がするけどまあいいわ。とにかく警察に連絡ね!」

「ちょ、ちょっと待て! 俺をヘンジンと言うが、お前たちだって十分ヘンジンじゃないか!?」


 スマホを取り出した千夏を見て、俺は苦し紛れにそう言い放った。

 すると千夏の手がぴたりと止まった。


「ちょっとあんた人聞き悪いこと言わないでよね! あたし達は仕事でこういう恰好してるだけなんだから!!」

「えっ? 仕事?」

「そうよ! あんた二ナモにチラシもらったでしょ?」

「……チラシ?」

 俺は千夏の言葉を聞いて首を傾げる。

「あっ、忘れてましたぁ」

 と、二ナモがニコニコと笑いながら俺に近づいてきた。

「はい、どーぞお兄さん」


 そして俺に向かって一枚のチラシを差し出す。

 俺がそのチラシに視線を落とすと、そこには衝撃的な文字がこれでもかというくらいデカデカと躍っていた。


「メッ……メイド、ファミレスゥッ?」


 声をうわずらせながら、俺はそこに書いてあった文字を読み上げる。

 メイド喫茶にメイドマッサージ、果てはメイド美容院やメイド居酒屋エトセトラ――たくさんあるとは聞いていたがついにファミレスまで手を伸ばしたか……恐るべき萌え産業!!

 と、驚いている俺の姿を見た千夏がため息をついた。


「二ナモ、あんたまたチラシを渡さないで人に近づいたの?」

「うん、またやっちゃった」

「いつも言ってるじゃない。あんたはチラシを先に渡さないと人に警戒されるって――なんかよくわからないけどリアル過ぎるのよ、あんたの場合」

「えへへっ、ごめんなさーい」

 二ナモのあまり悪びれた様子のない返事を聞いて、千夏はもう一度ため息をついた。

「どうやら本当に誤解だったみたいね」


 そして千夏はスマホをしまう。

 なんだかよくわからないが誤解が解けたようだ。

 通報されなくてよかった。本当によかった。

 俺は安心して胸をなでおろす。


「ふむ、しかしこんなところにメイドファミレスねぇ……ほーっ」

 俺は千夏の姿を興味津々に眺める。

「ちょっと、あんまりジロジロ見ないでよ」

「なにを言うか、見られるのも仕事のうちだろうが」

「そうかもしれないけど、あんたはうちのお客さんじゃないでしょ」

「それもそうだな。ところで、こんなところにメイドファミレスなんかいつできたんだ?」

「けっこう最近よ。オープンしたばかりだもの」

「ふーん、そうか。全然知らなかったなぁ……」


 俺はそういいながら、なんとなく二ナモへ視線を移す。

 んっ、あれ?

 と、俺はそこで何かとてつもない違和感に襲われた。

 なんだ。この違和感は――……。

 俺は二ナモをじっと見つめる。


「ふぇ? どうしたのお兄さん?」


 ハッ――!

 そして俺はついにその違和感がなんなのか気がついた。

 俺が感じた違和感の正体――それは生きているかのようにピョコピョコと動いている二ナモの猫耳であった。

 俺は自然と震える体を押さえながら千夏に聞いた。


「あの、ひとつ確認なんだが……その恰好ってコスプレだよな?」

「当たり前でしょ」

「じゃあさ、その猫娘の猫耳が動くのもなんか仕掛けがあるのか?」

「えっ?」


 俺の言葉をきいて千夏が二ナモを見る。

 するとピョコピョコ動いていた猫耳がピタリとその動きを止めた。


「なに言ってんの、あんた? 二ナモの耳はつけ耳よ。動くわけないじゃない」

「……」


 嘘だろ。そんなバカな――。

 あっ、そうだ! きっと目の錯覚だったんだ。そうに違いない!

 そうだそうだ。最近PCばっかイジってたから目が疲れてるんだな、きっと。

 俺がそう納得しようとしていると、二ナモの耳がまたピョコリと動いた。

 俺の血の気がさぁーっと引いていく。


「おっ、おまえ……やっぱりほんとに妖怪なんじゃ――」

「違いますよ。二ナモは妖怪じゃなくて猫耳メイドです」

「じゃあなんでおまえの耳は生きてるように動くんだ? 飾りじゃないのか?」

「この耳は飾りです。でもそんなの関係ありません。100%の性能はでます。お客さんにはそれがわからんのですよ」

「言ってくれるな……って、おまえそれじゃあ答えに――」


 ぐぅ~。


 と、俺の言葉を遮るように腹の虫が大きく鳴いた。

 その音を聞いた俺は、再び強烈な空腹感に襲われた。

 そうだ。なんだかんだあって忘れていたが、俺はいま飯を食いにいく途中だったんだっけ。


「お兄さん、おなか空いてるんですか?」

「ああっ、なんか色々あってすっかり忘れていたがそうだった」

「自分が空腹なのも忘れてるなんて……あんたバカ?」

「なにぃっ!?」

「はいはぁーい! じゃあお店に1名様ご案内でーす」


 二ナモはニッコリ笑いながら、俺の手を強引に引っ張っていく。


「えっ、あっ、おい! ちょっと待ておまえ!?」

「おまえじゃないです。二ナモですよ、お兄さん」

「えっとじゃあ二ナモ! 俺はメイドファミレスじゃなくてラーメン屋に行こうと……」

「あっ、ラーメンだったらうちのお店にもあるわ」

「なっ、おまえまで俺をハメる気か!?」

「あたしはおまえじゃなくて千夏」

「名前なんてどうでもいいわ! 無理矢理連れてくのは違法だろ!!」

「じゃああんたが行きたくなるように誘えばいいのね」

「ぜひうちのお店に来てください。お願いします」

「……よし、行こう」


 俺は可愛らしい笑顔を浮かべてお願いする千夏にあっさり負け、二ナモに連れられてメイドファミレスへと向かった。

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