第94話 絶体絶命

 陰 核 爆 発。


 まさかこのギャグを、もう一度聞くことになろうとは――





 中学時代、歴史の授業で現代史の第二次世界大戦に差しかかったとき、俺が声高々に言い放ったのが、この下ネタだった。

 あのときまったく笑わずに、するどく俺をにらんでいた花梨の顔が思い浮かぶ。

 何だよ。そんなにこの下ネタ、つまんなかったのかよ。





 …………自信作だったのによ。







 意識が薄れゆくのを振り払い、俺は何とか立ち上がる。


 俺……生きてるのか?

 ものすごい爆発に巻きこまれたはずなのに。

 木も草もすべて焼き尽くされた。ただ、荒れ果てた大地が広がっている。



 そうだ!

 シェリルは!?

 菜々芽や女神は!?


 魔王は……?


 魔王は爆発前と同じく、不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 近くで触手にとらえられている菜々芽も、変わりはない。

 使用者の周囲には魔法の威力が及ばないようになっているのだろうか。

 何にせよ菜々芽が無事で安心した。


 シェリルは、俺と同じように倒れている。

 負傷をしている様子はなく、意識もあるようだ。

 俺は急いで駆けよると、シェリルに手を差しのべた。


「だいじょうぶか、シェリル」


「ああ。しかしなぜ、わたしたちは生きているのだ?」


 俺に支えられて、シェリルが立ち上がる。

 そして、俺たちは見てしまった。


 女神が宙に浮かんで、今まさに魔法を使い終えた姿を。

 真っ白で美しかった翼は、すすけてボロボロになっていた。

 生気を使い果たし、見るも無惨な姿になっている。


 女神はまるで人形のように、どさりと地面に落ちた。


「クックックック……ッ。さすがよの、女神よ。とっさに全魔力を消費して、人間どもの周囲に処女膜バージンフィルムを張って守るとはな」


「…………っ」


 女神は何も答えられず、立ち上がることもできない。

 それだけ力を消耗しているのだ。


「その力を妾への攻撃に使えれば、あるいは妾を倒せたかもしれぬのにのう。神々は人間と魔物へ危害を加えられないのだろう? ん、悔しいか?」


 女神はやっとのことで上半身だけを上げると、俺たちに顔を向ける。


「アラタ、それにシェリル。わたしがサポートできるのはここまでです。どうか二人で……、力を合わせて、魔王の討伐を…………」


 苦しそうな表情を浮かべて、女神の体が透明になっていく。

 俺は急いで駆けつけると、両腕で女神を体を支えた。


「女神……っ!!」


「アラタ、どうか勝利を……その手に…………」


 女神の姿が完全に消える。

 俺の手の中には、何も残っていなかった。


「クククッ。女神め、やっと力尽きおったか。神なら神らしく、おとなしく天界から見ておればよかったものを。しかし愚かなことよ。力を使い果たしてまで人間どもを守ったところで、無駄になることは目に見えているというのに」


 そう言うと、魔王はふたたび下腹部に魔力を集め始めた。


 まさか!?

 もう一発、陰核爆発を使うのか――!?

 あんな大魔法を、まさか連続で使えるだなんて。

 もう俺たちに防御する手段はない。このままでは全滅だ……。


「魔王が魔法を使う前に、反撃しないと!」


「く……っ、せめて、せめてわたしの魔法が使えれば……っ!」


 シェリルは今も懸命に魔法を使おうとしているが、その手に魔力を集めることすらできない。


「なあアラタ、わたしはどうしてしまったのだろうか。魔法を使おうとすると、風邪を引いたかのように全身が熱くなってしまうのだ。顔がカァッとなって、鼓動がドクドクして、何も考えられなくなって、ついいけないことをしている気分になってしまう。昨日までこんなこと、なかったというのに…………」


 そう言ったシェリルの顔は、真っ赤になっていた。




 悔しさからでも、怒りからでもない。

 これは、きっと――

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