第92話 不満の理由

 ……なるほど。


 ストッキングを破ってかぶったから、やぶれかぶれなのか。


 やぶれかぶれになった俺は、信じられないくらいに強かった。

 思考に迷いがない。

 それだけで反応速度が超人的に上がっていた。


 俺は何度も何度も攻撃を仕掛けて、魔王を追い詰めていく。

 そして異常な力に感覚が慣れ始めると、決定的瞬間を迎えた。


 超スピードで魔王の前に回りこむと、俺は魔法剣を振りかぶる。


「くっ!! この、こわっぱめがぁぁぁぁっ!!」


 魔王は為す術もなく、俺に向かって叫ぶことしかできない。


「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 俺は魔王の体に魔法剣を振り下ろす。

 よし! 手応えがあった!!


 だが――俺の剣は魔王の手によって、受け止められていた。


 魔王がニヤリと笑う。

 何で……?

 俺の剣は、斬りたいものが斬れるはずなのに。


「ふう、危ない危ない。花梨とやらがこいつを持っていて助かったわ」


 魔王がその手に広げたものは――1枚のティッシュペーパーだった。

 こんなもので俺の魔法剣を受け止めたというのだろうか。


「何で、斬れなかったんだ……?」


「アラタとやら、まさか知らんのか? 精剣にはたったひとつだけ、斬れぬものがあるということを。それがこの、ティッシュなのじゃよ」


「…………っ!?」


 そういえば、前にフレーバーテキストに書いてあった。

 この魔法剣には、ひとつだけ斬れないものがあるって。

 それがティッシュだっていうのかよ……。


「ティッシュとは己の精を包みこむ神秘の衣。貴様とて自身を慰めるのに、何千何万と消費してきたであろう。そんな恐れ多い紙に、逆らえるはずがなかろうが」


「何万は使ってねえよ。……たぶん」


「さあこれで形勢は逆転だな。どうする?」


「そんなの――ティッシュが尽きるまで攻撃するまでだ!!」


 しかし、このとき俺の魔法剣から、白い刃が消えてしまう。

 制限時間オーバー。精力が尽きたのだ。


「…………くっ」


「フハハハハッ! これで妾の勝ちは決まったようじゃの!」


「くそっ、他に何か……あいつに勝てる手段はないのか!?」


「――あります」


 そう言ったのは、女神だった。


「アラタ、まだ諦めてはいけません!」


「もしかして、さっきのよりすごい加護があるのか?」


「いいえ、加護はあれで最後です。それでも方法があるのです」


 それは……何だ?

 女神は俺の疑問に答えるように、告げた。


「カリンの、欲求不満を解消することです」


 そうか……!

 魔王は人間の中で、もっとも欲求不満な者の肉体を乗っ取った。

 つまり花梨の欲求不満をなくせば、乗っ取っていられなくなる……。


 ――でも、いったい花梨は何に対して欲求不満なんだ??


「さあアラタ、考えなさい。答えを出せるのはあなただけです」


「俺だけが……?」


 俺はシェリルを見た。シェリルは首を横に振る。

 花梨の不満の理由は、シェリルにも心当たりがないらしい。


「すまないアラタ。わたしにはわからない。これはきっと、小さな頃からカリンと一緒にすごしていたアラタにしかわからないことなのではないか?」


 花梨は、何に対して不満を持っていたのだろう。

 花梨は優しい。シェリルや菜々芽にはいつも笑顔を見せている。

 それなのに、世界でもっとも欲求不満だなんて……。


 性欲的な問題……じゃないよな。昨日やってたって女神が言ってたし。

 だったら、もしかして――俺に関係することなのだろうか。


 花梨は俺と話すときだけ、いつも怒ってる。

 これはきっと、何か不満があるからだ。

 子供の頃はいつも一緒にいるくらい仲が良かったのに、お互い思春期を迎えてからは距離を取るようになってしまった。そしてたまに話す機会があると、冷たい態度を取られてしまう――――って、あれ?


 これって……。いや、まさか。

 でも、そうとしか考えられない。

 花梨が、俺を……?



「なあ花梨。お前――もしかして俺のことが、好きなのか?」

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