第70話 残ったお湯

「ああー、いいお湯だったね!」


「そうだなナナメ。すごく気持ちがよかった」


「新太、そこ変わるからアンタも入ってきなさいよ」




「お、おう……」




 お風呂上がりの3人が、キッチンに戻ってくる。

 俺は情けないことに、少しの間3人に見とれてしまっていた。

 まだ濡れている艶やかな髪、火照ってほんのりと赤くなっている肌、シャンプーの甘い香り……何だかシェリルと花梨が、すごくオトナっぽく見える。見慣れているはずの菜々芽でさえ2人と一緒だと、普段にはない色香をまとっているような気がした。


 ――いかんいかん!

 こんなこと考えてると思われたら、ヘンタイ扱いされてしまうぞ!!

 俺は煩悩を振り払うと、台所を花梨に預けて風呂へと向かった。


 脱衣所に入る前に、中をそーっとのぞいてキョロキョロしてしまう。

 脱いだあとの下着はないな…………よし。



『アラタ。男の子なら、こういうときは舌打ちをするものですよ』



 しねーから。見るつもりないから。


 俺はいそいそと服を脱ぐと、またもそーっと風呂場に入る。

 つーか俺、自分ちの風呂で何で緊張してるんだろうな。

 女子が入ったあとだもんな。そりゃ気も使うか。


 湯気にまみれた風呂場は、まるで別世界のようにいい匂いがした。

 意表を突かれた俺はドキドキしながらも、徹底的に換気をする。

 そして匂いがなくなったころ、俺は湯船のふたを開けた。


 このとき俺は、とある重要なことに思い至った。



 ――あれ? 俺、このお湯につからなきゃいけないのか……!?



 いやいやいや無理だろ!!

 菜々芽はともかく、シェリルや花梨が入ったお湯だぞ!?

 このお湯、俺にどうしろって言うんだよ!!



『アラタ、いいから飲むのです!』



 バカヤロぉぉぉぉぉっ!!

 第三の選択肢なんて求めてねえんだよ!!

 しかもてめー、よりによって! 飲むとか! ありえないだろ!!



『飲むなんてあり得ない……はっ! アラタはもしや、加湿器に入れる水にしようというのですか!? 確かにその方が長時間楽しめる、何というアイデアでしょう!』



 ないから!

 そんなの、もし入れるなら俺は菜々芽の――



『ほう、ナナメの何を入れるというのですか?』



 い……いや、何でもない。今のは忘れてくれ……。


 あ、危なかったぜ。

 俺は今、とんでもないことを言おうとしてしまった。

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