第4話

「サウロス王子はこの国をいずれ背負って立つお方」

「坊ちゃまは立派な王になるのですよ」

「あなたが王に相応しくないとわかったら、私は国に帰ります」

 頭の中でそんな言葉が延々と再生される。もう夜更けだというのに、俺は一睡もできなかった。隣にはぐっすりと眠っている妃がいる。寝顔もかわいいが、一旦起きると、妃の二つの目は俺を品定めし始める。俺はそれに怯えて生活している。

 俺はどうしても寝付けず、夜風に当たることにした。妃を起こさないように静かにベッドを降りて、忍び足で部屋を出て行く。庭に出ると、涼しい風が俺を包んだ。月の光だけでは心もとないので、ランプに火をつけて道標にした。

 俺が転生してからどれだけの日が経っただろう。俺は完全にこの世界に溶け込んだとも言えるし、そうではないとも言えそうだった。現に、俺は初めの時こそ、王子に転生できた事を喜んだが、王になるという事がどれだけ大変な事かを知り始めた今は、妃一人が送ってくるプレッシャーにさえ耐えられなくなっている。

 本物のサウロス王子だったら、この状況をどう思っただろう。生まれながらに王になる運命を背負わされて、その事に何の疑問も感じなかっただろうか。

 俺はサウロス王子として最初に目覚めた時を思い出した。あの時、召使いは俺が馬から落ちて怪我をしたと言っていた。もし、俺が転生しなかったら、サウロスは死んでいたかもしれなかったのだ。

 俺は馬小屋に向かった。乗馬はまだ経験がなかったが、避けては通れない、そのうちやらなければならない事の一つだった。このサウロスの体が乗馬の感覚を覚えてくれていると希望を抱いて、俺は一頭の馬に近寄った。

 馬は眠っていたようだったが、ランプの明かりで目が覚めて、俺がいると気付くと鼻を鳴らした。俺はその馬がサウロスのかつての愛馬だと察し、乗ってみることにした。馬小屋から出してやると、馬は大人しく俺を乗せて走り出した。

 俺は自分でも不思議なくらいに自然に馬を乗りこなした。庭を軽く走った後は、少し遠くまで出ようと思い立ち、城の敷地を出て、広い草原を駆けた。

 馬に揺られながら俺は強い風を感じていた。馬が脚を一歩出すごとに体がリズミカルに上下した。俺は馬と風と一体となって、野山を駆け巡った。

 最高に気持ちがよかった。こんな解放感は久し振りだった。誰にも見られていない事がこんなにも気楽なことだとは知らなかった。いや、一度だけ、たった一度だけ経験した事がある。その時はいつだったっけか。

 その時だった。俺は馬が岩を避けた反動で手綱を離してしまった。ふわっと体が宙に浮き、馬の背から離れていった。馬が気付いて止まるのがわかったが、もう遅かった。俺は月に看取られて再び死へと吸い込まれていった。

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