第2話

 俺の部屋には召使いたちが頻繁に出入りして、俺に色々なことを教えてくれた。話し好きの連中が集まってきて、勝手に俺に今日あったことなどを話すから、俺は部屋から一歩も出ずに外の様子を知る事ができた。

この国は大国に四方を囲まれた小国の一つだった。小国同士は互いに助け合い、大国からの強硬支配を免れていた。大国がいつ攻めてくるかわからないため、いつでも城は厳戒態勢だった。

 しかし、俺自身の生活はのどかなものだった。怪我が治るまでは何もしなくていいと言われていたし、召使いに頼めば何でもしてくれた。俺はなるべくこの世界の事を知っておきたいと思い、時間を見つけては王になるための勉強をしていた。

 こちらの世界に転生する前、俺は成績が決して悪い方ではなかった。なので、家庭教師に付き添われて勉強することで、俺はみるみるこの世界のことに詳しくなっていった。不思議と、この世界で使われている文字を読書きすることができたのも助けになった。

 いいことはそれだけではなかった。もうじき、別の小国の姫が、俺の妃としてこの国に来る事になったのだ。その姫との結婚は王同士によって決められた政略結婚で、俺と姫は一度も会った事がなかった。俺は顔も名前も知らない姫に思いを馳せた。召使いの話だと、姫は俺が落馬したと聞いて心配してくれていたらしい。なんともありがたいことだ。

 一ヶ月もすると、頭の怪我がよくなり、外に出ることを許されるようになった。俺自身も今の生活に慣れてきていた。

 三人の召使いが甲斐甲斐しく見守る中、俺は庭園を散歩した。馬に乗ることはまだ禁じられていたので、歩いての散歩だったが、俺にとってはその方が都合がよかった。俺が馬に乗ろうとしてうまく乗れなかったら、俺が本物のサウロスではないと疑われてしまう。もしかしたら、落馬のショックで一時的に乗馬ができなくなっていると解釈されるかもしれなかったが、それはもっと後でもいい気がした。

「ねえ、ここには色んな花が咲いているね」

「その通りでございます、坊ちゃま。いつも庭師が丁寧に世話をしておりますから、いつでもこの庭園は花が咲き誇っておられます」

 俺が話しかけると、皆がこんな風に一生懸命に相手をしてくれた。俺はそれが嬉しかった。昔の俺だったら、話しかけるどころか、近づいただけでも舌打ちをされていたところだ。

「私はこの花が好きだな。姫にこの花を送ってはくれないか?」

「かしこまりました。それでは、庭師に頼んでこの花で最も美しく咲いているものを選んで送るように申し伝えます」

「ありがとう」

「いいえ、とんでもない」

 召使いの一人が丁寧に俺にお辞儀をして、粗相のないように気を配りながら庭師を探しに行った。俺はついにやけてしまう口元を隠した。

 俺はある事を思いついて、召使いに言ってみた。

「そういえば、姫はどんな人なんだ? 私はまだ会った事がない」

 それを聞くと、残った二人の召使い達は一斉に身を引いた。

「サウロス様、実のところを申しますと、お妃様となられるお方との接触は、婚姻の儀式を結ぶまでは固く禁じられております。私共の中にはその方のお顔を拝見するなどしたことのある者もおりますが、何分、話してはいけない決まりでして……」

「そうだったのか。それでは、会える日を楽しみにしよう」

 俺は少し残念だったが、楽しみは後に取っておくに限ると思い直した。

「それじゃ、もう少し歩こう」

 俺はしばらく花が咲き誇る庭園をふらふらと歩いた。仕事中の召使い達は、俺を見かけると頭を深々と下げて挨拶した。俺はそれににこやかに応答する。

 俺は今の何不自由ない生活に満足していた。俺が何かを言えば、皆が肯定してくれた。誰も俺を無視したりしないし、俺のためなら何でもしてくれた。俺はこの人達のために立派な王になりたいと思っていた。昔の俺のことは少しずつ忘れていった。

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