第1話

 ここは……?

 ふと気が付くと、俺はふかふかのベッドに寝かされていた。真っ白いシーツはとても気持ちがよかった。ベッドの四隅にはなんと柱がついており、天蓋が設置されていた。

 豪奢な装飾がされた窓の傍にドレス姿のばあさんがいた。水差しや小瓶などを移動させては、ああでもないこうでもないと言っている。

「あれ……?」

 俺の声に気付いて、ばあさんはベッドに駆け寄ってきた。

「ああ、坊ちゃま! お目覚めになられたのですね!」

「ああ、うん……」

 俺は何のことだかわからず適当に相槌を打った。坊ちゃまだって? 何で俺がそんな呼ばれ方をしているのだ。それに、ここは一体どこなのだ。

「お父様をお呼びしますから、少々お待ちくださいね」

 ばあさんは太った尻を忙しなく左右に振りながら部屋を出て行った。

 俺は自分の置かれた状況を整理しようと試みた。俺は、何とも豪華な天蓋付きのベッドに寝かされている。周囲を見ようと首を振ると、頭がズキズキ痛んだ。頭には包帯が巻かれていた。

 部屋はどれもこれも現代日本には存在しないようなアンティークな調度品で埋め尽くされていた。まるで中世のヨーロッパみたいだった。何もかもキラキラした装飾が施されている。俺は鏡を見つけて、ベッドから這い出し、裸足のまま近づいて、自分の顔を見た。

 青い目に金髪の少年が見つめ返してきた。どうやら、これが今の俺の姿らしい。人好きのするような風貌だったが、頭に巻いた包帯が余計に痛々しかった。服装も「坊ちゃま」と呼ばれるにふさわしいような白いガウンだった。

 物音がして、誰かが来る気配がした。俺は何となくきまり悪くなって、ベッドに戻った。

「おお、王子よ。怪我は大丈夫なのか?」

 小太りで長い髭を生やした男が俺に心配そうな目を向けてきた。この人が俺の父親ということだろう。この人は俺を王子と呼んだ。なら、この人は王様というわけか。

 俺は下手なことを言って不審がられないように、慎重に言葉を選んだ。

「あの、まだ意識がはっきりしていなくて、状況がよくわかりません」

「サウロス様は散歩中に落馬してお怪我をされたのですよ」

 王の後ろをついてきていた背の高い男が俺に説明した。俺は自分の名前がサウロスなのだと推測する。

「ああ、そうだった。俺は馬から落ちて……」

「サウロス、今なんと?」

「え?」

 王が俺を窘めるような口調で言った。

「俺などと汚い言葉使いをいつからするようになった。お前は私の一人息子だ。いずれ王となることを忘れるな。俺ではなく、私と言うようにと何度も言っているはずだ」

 俺はこの国のいずれ王になるたった一人の人間なのか。俺は申し訳なさそうな態度を表して、言い直した。

「そうでした。私はまだ少し混乱しているようで……」

 王は医者を呼び、俺の容態を確認するように言った。すぐに医者は来て、俺にいくつかの質問をした。

「今日が何日だかわかりますか?」

「わかりません」

 医者は俺の前に指を三本立てる。

「この指が何本に見えますか?」

「三本です」

「落馬された時のことをご自分で覚えていらっしゃいますか?」

「えっと、覚えていません」

 医者はその他に、俺の体の具合や気分などを見て、後ろで様子を見ていた王様に向き直った。

「サウロス坊ちゃまは頭をひどく打ったらしく、記憶に若干の乱れがあります。しばらくは安静にされた方がよろしいかと思います。それ以外は、特に問題はありません」

 王は安心したようで、俺によく休むように言って、召使いらしい男と医者を引き連れて部屋を出て行った。

 俺はまた一人きりになった。だが、安心していた。俺はどうやら自殺をしようとして、異世界に転生してしまったらしい。全く理解不能な事態だが、それ以外に説明のしようがなかった。現に、俺は全く見ず知らずの人間となり、見た事のない物や会った事のない人に囲まれているのだ。それを目の前にして、この状況を否定することなどできるはずがない。

 それに、今の俺は学校で居場所をなくして生きる希望を失った一人の高校生ではなく、将来、一国を担うことになる王子なのだ。俺はほんの少しの勇気を振り絞った結果、いい人生を手に入れることができた。

 俺はもう独りぼっちじゃない。俺のことを心配してくれる人がいる。俺はここで生きていくことに決めた。俺はこの国の王になる。

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