→はい
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よし。出発だ。
決めるには、ちょっと勇気がいった。
慣れた村を離れるのは、ちょっと意気地のいることだった。
でも――。
ここは「はい」だ。
旅に出よう。
そう思って――。
一歩、足を踏み出そうとしたぼくの後頭部に――。
すこーん! ――と、なにかが、いい音をたてて、命中した。
頭を押さえて振り返ってみると、ブーツが片っぽ、落ちていた。
誰のだろ?
もうすこし先を見ると、片足、裸足のキサラが、半泣き――全泣き? になって、立っていた。
キサラの後ろには、みんながいた。
みんなっていうのは――マリオンと、ユリアさんと、ロッカと、アネットと、リリーまで。
「ばか! ばかばか! ばかあっ! なによそれ! 旅の支度っ!?」
ああ。うん。
これ、そうだけど。
ぼくは革袋を持ちあげてみせた。
なかに入っているのは、パンが三個と、やくそうが二個と、それだけ。
「薪割りの仕事をなくしたくらいで、へこんで家出するだとか! あんた何歳よ! 12歳の小僧じゃないんだから! ばっかじゃないの! ――この意気地なしっ!」
叱られた。
でもなんで叱られているのか、ちょっとわかんない。
なんか、意気地がないことを叱られているみたいなんだけど。
旅に出よう――と、決めたとき、すこしは勇気がいったよ?
意気地っていうのを、振り絞ったよ?
あと言ってることが、なんだかおかしいよ。キサラ?
ぼく12歳だよ。小僧……じゃなくて、もう、おとなだけど。
「あっ……、挨拶もしないで! 出て行っちゃうなんて――! ばか! ほんとばか! ばかじゃないの!」
だからみんなの顔を見に行ったんだけど。
一回、見たから、心を決められたんだけど。
「ばか! ばか! ばか! もしどうしても行くっていうなら! カエルにしてやるから!」
うん。それはべつにかまわないけど。
でもぼく、カエルになっても、行くよ?
ぼくの決意が伝わったのか、キサラは――。
「ばか! ばかばか! ばかばかばか! しんじゃえ! ばか!」
あれ……? えっ?
ええと……。
「カインさん! しんじゃやだあぁ……!! 行っちゃいやですうぅ……」
ロッカが子供みたいに、泣きはじめる。
あれれ?
六人の女の子のなかで、いちばん年長のユリアさんが、ずいっと、一歩、前に出る。
「カインさん――。もし貴方が、どうしても行くって言われるなら、わたしたちには、お引きすることはできません。だけど、もしも悩んでいらっしゃるのでしたら、相談して欲しいですし……、わたくしは、まだ、聖職者としては未熟でありますが、その、懺悔とかのコーナーも開いておりますし……。できれば、その、頼っていただけたりしますと……、わたくし、ちょっと母性面では自信がありますというか……」
ユリアさんが、なにか、むずかしいこと、言ってる。
よくわかんない。
「ユリアさん。カインには、はっきり言わないと、通じないって」
マリオンは、からっとした笑いを浮かべていた。
その肘でつつかれると、ユリアさんは、しゃんと背筋を伸ばした。
「あの。では。はっきり言います。カインさんがいなくなってしまったら、わたくし、悲しいです。……わたくしだけでなく、皆も、きっと悲しいはずです」
〝みんな〟――って言うから、ぼくは残りの〝みんな〟を見た。
「だよ。だよ。だよーっ。狩りばっかしてるあたしなんかに、普通につきあってくれてるのー。カインだけだしー」
「そうだよー。カイン君が遊びにきてくれるの、いい、休憩になるもん」
アネットとリリーも、力強くうなずいた。
ぼくは、えぐえぐと泣いているキサラに――顔を戻した。
キサラも、ぼくが行ったら、悲しいの?
「あったりまえでしょ!」
鼻水、飛んできた。
じゃあ……、ぼくは、行かないほうがいい?
「そ、そ、そ……そんなの! 言えるわけがないでしょおぉ!!」
そっか。じゃあ。行くね。
「待って待って待って! やだ! 行かないで! 言うからぁ! ――行っちゃやだ! 一緒にいてくれないとやだ!」
うん。わかった。
「どうしても一緒に行くって言うなら――!! わたしも一緒に行くんだからあぁ!!」
だから。わかったって。
「え? 一緒に行っていいの?」
じゃなくて。
行かないよ。いるよ。
「え? む、村に……、村にいてくれるの? 行かないの?」
うん。行かない。
「でも……、だって……、あんた……、出てくって……、カエルになっても、……行くって。いじわるゆって……」
いじわるなんて、してないよ。
みんなから必要とされていないと思ったから。
この道がどこに続いているのかを確かめるのは、また、こんどのときでいいし。
みんなが、もういらないって、そう言うまでは……。
ぼくはずっと、いるよ?
「ほんと? ほんとにほんと?」
うん。ほんと。
「ぜったいほんと? やくそくする? やくそくやぶったら、どうする? カエルになる?」
キサラ約束破らなくてもカエルにするじゃない。
「じゃあ。千回カエルね。約束ね!」
カエル千回かぁー。大変そうだねー。破らないから平気だけど。
指を指しだしてくるキサラに、ぼくは自分の小指をさし出した。
これっては、なんか、約束するときの仕草。
「指切りしたわよ? 絶対、勝手に、逃げるんじゃないわよ? 一人で逃げたらカエルだから。カエル一万回だからね!」
増えた。
◇
こうしてぼくは、村に戻った。
薪割りの仕事は、もうなくても――。ほかにも荷運びとか水汲みとか、スキルがなくてもできる仕事なら、いっぱいあるだろうし――。
と、そう思っていたら。
◇
「ごめんねー、ごめんねー、もういらない、なんて言っちゃってごめんねー」
おばさんがそう言いながら、薪を取りに来る。
ぼくは一抱えの薪を、おばさんに渡した。
「いやー、このあいだはー、わるかったねー、ほ、ほらっ、あの燃える石があったもんでねー、てっきりねー、いやー、ほんと、わるいねー」
おじさんがそう言う。
ぼくはまた一抱えの薪を、おじさんに渡した。
行列ができている。いつもはぼくが皆のところに運んでゆくのに、今日は、皆のほうから、取りに来てくれている。
あの〝永遠に燃える石〟は、永遠に燃えるという話だったのに――、なんと、数日で、燃え尽きてしまった。
だから言ったじゃないか、と、マイケルは言う。あれはウソで〝詐欺〟とかいうやつで、大人たちは騙されているだけだって。
騙されたことに気づいたみんなは、ぼくのところに来て、謝ってくれて、薪を持って行ってくれる。
でもなんで、みんなが口々に謝ってゆくのか、ぼくには、よくわからない。
でも、また薪を使ってくれることは嬉しいし、薪割りの仕事を続けられることも、嬉しいし。
皆の役に立っていることが、嬉しいし。
「ほうら! カイン! いたー!」
声がした。ぼくはそっちに顔を向けた。
キサラがやってきた。女の子たちとともに、連れ立ってきた。
なんでかキサラは、あれから、一日一回、かならずぼくの顔を見にやってくる。そして「いたー!」と言って、それから――。
「よかったわね。カイン。もし約束やぶって、いなくなってたら、カエルにしてやったところよ!」
うん。これを言うんだ。毎日一回。
でもね。ぼくね。思うんだけど。
ぼくがいなくなっていたら、カエルにすることは、できないんじゃないのかな?
みんなが笑った。女の子たちが六人で笑った。ぼくも笑った。
さーて。薪がぜんぶなくなっちゃったから……。
薪割りー! するぞー!
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