ターン25「薪割り不要」
いつもの昼すぎ。いつものコープ村。
午前中に薪割りの仕事を終わらせたぼくが、とことこと、今日、なにして遊ぼうかー、と思いながら、村の中を歩いていると――。
村のまんなかにある、広場――小さな湧き水の水場のまわりに、なんだか人だかりができていた。
なんの人だかりなのか、わからない。
ぼくは人垣の後ろに行って、大きく背伸びをして、右に左に覗いてみようとしてみたけど……。
大人の人の背丈には、かなわない。ぜんぜん無理。
「おー! カイン! 肩車作戦でいこうぜー!」
マイケルが現れて、そう言った。ナイス。作戦。
「よし! 上に乗れー!」
マイケルに肩車してもらう。ぼくが上でいいのかな? と思ったが、マイケルはなんも言わずに、下になってくれた。
二倍の背丈になったら、よく見えた。
「さあさあ! 寄ってちょうだい! 見てちょうだい! ここに取り出しましたるは! ななな! なんと! 永遠に燃える石だよ!」
旅の商人みたいな人が、なにか、品物を取り出して、説明している。
旅商人さんが、石に火を着けると、ぼおおお、っと勢いよく、真っ赤な炎があがった。
「この石は、なんと、永遠に燃え続けるんです! ――そこの奥さん! もう薪なんか燃やしてる場合じゃないよ? この石があれば! 薪不要! しかも煙もでないし、臭くもない! もう薪なんて時代遅れだよ? ――しかも驚くべきは、この石のお値段! いまだけ! なんと今日だけの限定特価で! 本当なら1個300Gのところを――ななな!? なんとっ!? 1個たったの30Gっ! 今日だけ! なんと30Gです! 買わないと損ですよ!? 大損ですよーっ!?」
村の大人たちは、顔を向き合わせて、ざわざわと騒いでいる。
ぼくはお金のことは、これまで、よくわかんなかったけど……。
このあいだキサラの誕生日プレゼントで、380Gの精霊石のペンダントを買うときに、すっご~く、大変だったので――。
その〝燃える石〟とかの、300Gっていうのが、どれだけ大変で、どれだけの価値があるのかは……なんとなく、わかる感じになっていた。
うん。大変だよね。
へー。それが30Gなのかー。
30Gって、それ、300Gの、何分の1だろ?
半分よりかは、もっともっと、ずっと少ないよね? ゴールドのコインか、小石かを、並べてみたらわかるんだけど。
とにかく、すっごく、得だよね!
村の大人の人たちは、我先にと、商人さんから石を買っている。
うんそうだよね。
ぼくも買う。お金があったら。
でもいまの所持金は、20Gしかなかった。残念っ。
お金が足りなくてキサラへのプレゼントを買えなかった、あのときから、お菓子を我慢して貯金をするようにしたけど、まだ20Gしか貯まってない。
マイケルも、もちろん、30Gなんて持ってない。
二人で広場をあとにした。
「ばっかでー、みんな、大人のくせに」
帰り道、マイケルが言った。
え? なんで?
すっごい、お得だと思ったんだけど?
ぼくは、お金がないビンボー薪割りだから、買えなかったけど。
お金があったら、ぜったい、買ってたよ?
「あの商人のやつが、言ってた話は、俺には、よくわかんなかったけど……」
マイケルは言う。
わかんなかったんだ!
ぼくわかったけど。すごいことだったけど。
「でも、俺にもわかることがあるぜー。ああいうふうに、抑揚つけてしゃべるやつは、みんな、うそつきなんだよ」
そうなの?
抑揚とか、そんなとこだけで、そこまでわかるの?
ほんとー?
「おいおい? 俺をなめてんのか? 俺がどれだけウソを――げふんげふん、ええと、皆が幸せでWINWINになれるように、ジジツとちがうことを、あえて口にしているのか。俺はその道の〝ぷろふぇっしょなる〟だからなー。俺にかかったら、あんなの、とんだ小物で、こんな片田舎の、しょっぱい村の、シロウトの村人しか引っかけられない、初心者の嘘つきだなー」
ねえマイケル。自分から嘘つきって言ってるけど……。いいのそれ?
あとそれ、言ってることが全部ホントだと、マイケルは、詐欺師目指したほうがいいってことにならない? 世界獲れちゃったりしない?
「あっはっは。ばかだなー。俺はフローラを幸せにするんだ。詐欺師じゃ、フローラは、いやだろう? おまえ。そんなこともわからないから、〝ぼくねんじん〟って、言われるんだぜー?」
ぼくねんじん、って、なにそれ? 野菜の一種?
「さあ。わかんねー」
わかんないんだ。
「キサラとユリアさんとマリオンとロッカとアネットとリリーと、みんな、おまえのこと、そう呼んでるぜー」
そうなんだ。ぼく野菜みたいなんだね。
〝ぼくねんじん〟って、どんな形をしているのかな。ニンジンに似てる?
マイケルと二人で、その日は、ザリガニを獲りに行った。
いっぱい獲ったザリガニを、キサラに見せに行ったら、「ばか?」と、氷よりも冷たい目線を向けられた。
その時のぼくは、まだ、なにが起きているのか、気がついていなかった――。
◇
何日か経って――。
ぼくはいつものように、薪を割って、その割った薪をかついで、村の家々を回っていた。
「ああ。今日はいらないよ」
一軒目のおうちで、そう断られた。
「いらないって」
二件目のおうちでも、そう断られた。
「そんなもん、もういらないって」
三件目のおうちでは、そう言われて――。
あれ? なんかへんだぞ? ――と、ようやくぼくも気がついた。
薪を持っていって「いらない」と言われることは、よくあることなんだけど。
どの家に、どのくらい持っていったのかは、ぼくはだいたい覚えているから、そろそろなくなってきただろう、というタイミングで持ってゆくわけだけど。
ちょっと遅すぎたり早すぎたりすることはあるし、ぼくがうっかりしてしまうことはあるし、おじさんが出かけているので、薪の使う量も減っていた、ということもあったりする。そんなときには、他の家の――女の人が一人で住んでる家の薪が早く減っていたりしたりする。
でも「もういらない」と言われたことは、はじめてのことで――。
ぼくはちょっと驚いた。
〝もういらない〟って、どういう意味だろう? もうずっといらないって意味なのかな? 〝ずっと〟って、いつまで?
本当に〝ずっと〟だと、ずっとだから――〝永久〟ってこと?
ぼくは、ぜんぜん減らない薪の山をかついだまま、マイケルのおうちに行ってみた。
「おや。あんたかい?」
おばさんが出迎えてくれる。
「あんたは本当に働き者だねえ。マイケルに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ」
おばさんは、たまによくわからないことを言う。
爪なんて飲ませると、なにかいいことあるのかな?
「マイケルのやつなら、いまはいないよー。遊びに行っちまった。……ったく、ヤギの乳搾りも終わらせないで、どこ、ほっつき歩いているんだか。うちのトーチャンの若い頃も相当なもんだったけど、あそこまで穀潰しじゃなかったんだけどねぇ」
「ねえ。あんたさ? ――マイケルとチェンジするから。うちの子にならないかい?」
[いいえ]
「おや。即答かい」
うん。マイケルが哀しむから。
マイケルはおばさんのこと好きだし。よく悪口を言っているけど、ぼくは知ってるから。
「でもあんた。薪割りの仕事じゃ、もうやっていけないだろう? なんだったら、マイケルとチェンジでなくてもいいからさ――。うちの子にならないかい? なーに、一人や二人増えたところで、かまやしないからさー」
おばさんはからからと笑って、そう言った。
ぼくの返事は、やはり[いいえ]――。
「そうかい。マイケルと兄弟っていうのは、そんなに嫌かい。……嫌だろうねえ」
いや。そこはべつにどうでもいいんだけど。
そうだ。忘れていた。
ぼくは担いでいた薪をおろした。
おばさんだったら、薪を受け取ってくれるだろうと思って、両手いっぱいの薪を、ぐー、と差し出すと――。
「ごめんねえ。薪だったら、ほら……」
と、おばさんは、かまどを指し示した。
薪が燃えているところに、小さな丸い石があって――それが燃えていた。
あっ。このあいだ広場で売っていた石だ。旅商人さんが売っていた「永遠に燃える石」だ。
「みんな、これを買っちゃったからねー。聞けば、永遠に燃え続けるらしいじゃないの。だったら、もう薪は使う必要ないじゃない? だから、ごめんねー。うちも、もう薪はいらないのさー。ほんとごめんねー」
そっか。
じゃあ……。いらないよねー。
そっか。
そうなんだ……。
ぼくはおばさんに頭を下げて、家を出た。
「うちの子、なるかい?」
見送ってくれたおばさんが、なにか言っていたみたいだったけど……。
ぼくはなにを言われたのかも、よくわからずに、道を歩きはじめた。
一人になって、立ち止まって、じっと手を見た。
手が震えていた。
なんで手が震えているのか、よくわからない。
ぼくは震える手を見つめながら、考えた。
もう薪割りは、いらないって言われたことが、ショックだったのかな?
なんでショックだったんだろ?
ああ。そっか。
それって、もうこの村にいなくていいってことだからだ。
そっかー。そっかー。
考えて――わかったら、震えは止まった。
◇
最初に行ったのは、キサラのところだった。
「なによ? あんた……。なんの用? えっ? 特に用はないって? あんた、ばっかじゃないの? ビンボー薪割りのあんたなんかと違って、あたしは忙しいの。見てわかんないの? 店番してんの。あんたに付き合っている暇なんか……、ほんの、ちょっとくらいしかないんだからね。……え? もう帰るの? 帰っちゃうの? え? 顔見に来ただけだから、いいんだって? ――あっ、ちょ、ちょっと!」
つぎにユリアさんのところに行った。
「あら。どうしたの?」
ユリアさんは、いつものように優しく微笑んでくれた。
ううん。顔を見に来ただけ。
じゃあね。ばいばい。
ぼくはユリアさんのところを後にした。
つぎに向かったのは、発明家のリリーのところ。
「みんな。ばっかじゃないの。永久機関なんて、わたしだって作れてないのにー。手がかりさえ見つけられてないのにー。そんなの、あるはずないじゃん」
リリーはそう言って笑う。
自信満々で笑うリリーを、カッコいいなぁ、と、いつも思う。
リリーの顔も見たので、つぎは、薬草摘みのロッカのところ。
「あっ……! カインさん! こ、こ、こ――こんにちはっ!」
目を閉じて、大きな声で叫んだロッカは、愛用の毛糸の帽子を、手でくしゃくしゃにしている。
ロッカと出会うと、いつも慌てた顔をする。その顔もしっかりと見る。
あと、家から持ってきた20Gを出して、「やくそう」を二つ買った。
ロッカのところでは、いつも新鮮な「やくそう」が売っている。道具屋さんよりも安いし。
「ん? カイン? なに? 見てく? とんてんかん、打つだけだから。退屈だろうけど。――いいよ。見ていって」
マリオンの仕事ぶりを、すこし見ていった。
「ん? カイン? ああ。待っててね。今日はイノシシ、狩ってきたんだー。――あとでいいところ、持って行ってあげるからー。
狩人のアネットは、忙しそう。
本日の獲物の解体中。
彼女が獲物を獲って帰ってきた日は、村の食卓に「お肉」が並ぶ。いつも僕にはいちばんいいところを持ってきてくれる。
あとで、っていうのは、ないかもしれないけど。
ぼくはアネットの横顔を、最後に、目に収めた。
◇
それから、自分の家に帰った。
まず最初に見たのは、裏の仕事場。薪割りをしていた場所。
切り株があって、斧が突き立っている。
今朝、薪を割り終えたとき、そのまんまだった。
斧を切り株から抜いた。腰のベルトに差す。これは持ってく。
あと、持ってゆく物は――、壁にかけてある革袋。
大きくて、色々、入る。
パンは三日分もあれば、いいかな。もっと持ってゆきたいけど、だいぶ遅くなっちゃったから、パン屋さんはしまっている。
まあ三日分もあれば、あとはどうにかなるよね。
あと大事なものというと、キサラからもらった、バンダナ。――これはいつも頭にかぶっている。
革袋には、ロッカから買ってきた「やくそう」を二つしまった。
さて。準備ができたぞ。
ぼくは最後に一度、自分の家を見回した。
五歳のときに、住み始めて、もう何年間も、長い間住んでいた家だった。
うん。いい思い出ばかりだ。
薪を割って、皆に届けて、喜んでもらえて――。
でも薪割りの仕事がなくなっちゃった。
この村で、なにもすることがなくなった――と、わかって、ぼくが考えたのは、「旅に出よう」ということだった。
手が震えているのに気づいて――。
なんで震えているのか、考えて――。
そして、わかったときに、気がついた――。
もう薪割りができない、ということが、どういうことか、わからなかったからだ。
だから手が震えていたんだ。
だけど、よく考えてみたら、それがどういうことなのか、わかった。
ぼくはどこへでも行けるし、なんでもできるということだった。
前から思っていたことがある。
村から続く道の先を見るたびに、この道は、どこへ続いているんだろう? ――と、そう思っていた。
行って、確かめてみようと、そう思った。
薪割りの仕事がなくなっても、やりたいことなら、ちゃんとあった。
それがわかったときに、手の震えは止まった。
あれはきっと「こわい」って気持ちなのだと思う。
ぼくはあんまり「こわい」って思ったことがないので、最初は、よくわからなかった。
魔王とか言っていた魔族の男の人と出会って、やられちゃうと思ったときも、震えたりはしなかった。
薪割りの仕事がなくなると思ったときには、ぼくは怖かった。
でも、もう怖くない。
よし。出発しよう。
◇
ぼくは村の入口に立った。
時間は夜。
出発は、明日の朝でもよかったんだけど、べつに今夜でもよかったので、今夜にすることにした。
みんなの顔は、もう見てきたし。
目の前には、一本の道が、どこまでも続いている。
旅立ちますか?[はい/いいえ]
==============================
Twitterでの選択結果はこちら!
https://twitter.com/araki_shin/status/708709809856446464
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます