ターン22「キサラにお金」
おかねー。おかねー。
おかねー。が。ないゆー。
るー。るー。るー。
作詞・作曲・ぼく。
「おかねがない歌」――を、口ずさみながら、ぼくが、とぼとぼと道を歩いてゆく。
後ろをついてくるマイケルは、心配した顔。……か、どうかは、見ていないので、わかんないんだけど。
でも、たぶん、そう。
きっと、そう。
マイケルに心配をかけている。
おかねがない人間って……、だめだなぁ、と思う。
ぼくは。だめだめだ。
「だいじょうぶだよ。――カイン」
後ろから、マイケルの声がかかった。
ぼくは立ち止まって――振り返る。
「カネがなくたって、おれはおまえを見捨てたりしないぜ!」
マイケルは――、ほら、やっぱりそういう顔をしていた。
ぼくはマイケルに心配をかけたくなくて、ぐっと口を「へ」の字にむすんで、マイケルを見返した。
ぼくとマイケルとで、しばらく、見つめあう。
「しっかし……。おまえ、ほんとうに、カネ、なかったんだなー……」
マイケルはふっと笑うと、しみじみと、そうつぶやいた。
「あの貧乏くさ……ええと、あまり金銭的に豊かではない、薬草摘みのロッカより、カネもってないんだもんなー」
なんかロッカに失礼なことを言っているような気もするが……。
自分にお金がないのは確かなので、ぼくはじっと聞いていた。
「ロッカが、だめだろー。ユリアさんも、だめだったろー。あとー、そうだなー。あとうちの村で、カネ持ってそうで、カインに貸してくれそうな女っていうとぉ――」
マイケルは空を向いて考えている。
ぼくもつられて空を向いた。
でもなんで、女の子限定なんだろ? ――まあ、「アテ」についてはマイケルに任せたほうがいい感じ。
ぼくはほんとうにお金のことを気にしてなかった。
誰がお金持ってるかとか、誰が持ってないかとか、ぜんぜん、しらない。
「ああ。そうだ。いたよいたよ。――キサラがいたじゃん! あいつおまえにベタぼ――うおっほんっ! えーと、まあ、その、なんだ……。あいつ、ツンツンしてるけど、おまえのトモダチだしなっ! 困ってるおまえが頼めば、嫌とは言わないぜー!」
え? キサラ?
えーと……?
「あいつ。魔法屋で店番やってるだろ? 魔法ババアから小遣いもらってるか、売り上げのカネをくすねているかで、ぜったい、カネ持ってるって!」
うーん……。キサラ……。キサラなのかぁ……。
うーん……。うーん……。うーん……。
「絶対かしてくれるって! おれを信じろ! 俺の目を信じろ! あいつ、おまえが〝貸してくれ〟って頼めば、ぜったい、ぜったい、貸してくれるってー! なんなら、おれ! 命かけてもいいぜー? あいつ、なんも言わずに、さくっと371Gを……。いや。なんか色々。言うな。ぜったい言うな。言うだろうけど。たとえば……。〝べつにあんたが頼むからじゃないんだからねっ。哀れに思えて目障りなだけなんだからねっ〟――とかなんとか言いながら。最後は嬉しそうにカネだすぜー! ぜってーだ! チョロインだからな!」
うーん……。チョロインってのはよくわかんないけど……。
それ、聞くべきかな?
まあいいか。
キサラは……、キサラは……。
うーん……。うーん……。
でもまあ……。
マイケルの言うことなんだし……。
◇
ぼくとマイケルは、村はずれの魔法屋に向かった。
魔法屋のオババの店は、ぐつぐついってる大釜のある工房と、カウンターのあるお店とが合体している、大きなおうちだ。
オババとキサラが住んでいる。
キサラは魔女見習いで、オババのところに住み込みで、修行したり修行したり修行したり、店番したり、オババと口喧嘩したり、マイケルをカエルにしたりしている。
キサラとオババの二人は、親なのか祖母なのか孫なのかは、しらないんだけど……。
でも「かぞく」なのは間違いがない。
ぼくには「かぞく」はいないから、オババのいるキサラが、羨ましく思うことがある。いつも口喧嘩しているけど。
「かぞく」がいるっていうことは……。ごはんのとき。寝るとき。起きるとき。誰かが家にいるってことだよね。
キサラはカウンターで頬杖をついて、暇そうにしていた。
オババの店には、魔法の薬や、魔法の道具を買いに来る旅人が、たまにやってくるが……。村の人がなにかを買いに来ることは、あんまりない。
「あら、カイン……」
ぼくに気づいたキサラは、目を丸く見開いて、笑いかけ――。
そこで急に不機嫌になって――。
丸かった目を細めて――。ぼくをじっとにらんできた。
「あんた、いったいなんの用?」
キサラに会いに来ると、いつもこう。
はじめのころは、なんか怒らせちゃったのかなー? とか思っていたけど。
最近は慣れたので、ぜんぜん気にしてない。
「言っとくけど、うちの薬は、高いわよ」
キサラが目をますます細める。
キサラは美人だから、そうすると、凄みが増す。
「ビンボー薪割りのあんたなんかに、買える値段じゃないんだから」
いつもと同じフレーズ。
いつものぼくなら、軽く流して、右の耳から左の耳に抜けている。
でもその言葉は、今日は、ぐさりと胸に突き立った。
いたい。いたい。痛いよ……、キサラ。
「おーい。いまのでカインが、致命傷になったぞー」
マイケルが言う。
「え? うそっ?」
カウンターの向こうで、キサラが中腰になった。
「なんでそんなっ、今日にかぎって――! だっていつもは、このくらい、ぜんぜん平気で――!」
ああ。だいじょぶ。だいじょぶ。
ちょっと自分のダメさかげんに、めまいがしていただけだから。
「そ……、そうなのっ……」
キサラは一瞬、心配した顔を浮かべるが――。
「ていうか! 心配させないでよね。なによそれ。ダメージ受けたふりだとか! ――あたし!? あたしはべつに心配なんかしてないわよ!? なに心配してると思ったの! バッカじゃないの!?」
いや、べつに〝ふり〟ってわけじゃ、ないんだけど……。
あと、キサラ、言ってることが、おかしいよ?
心配したって言って、つぎに心配してないって言って、どっちなの?
「おい。キサラ。キサラ。……はみだしてるぞ。おーい、クールな魔女ーっ、おーい、戻ってこーい」
マイケルが、からかうように言う。
「……はっ。そうだった。……あー。……おほん」
咳払いを、ひとつ――。
「……で、なんの用なのよ? あたし。忙しいんだから。さっさと言いなさいよ」
キサラは頬杖に戻った。
ずっと店番していて暇そうなんだけど。
でも本人が言うからには、忙しいのかもしれない。
ぼくは用件を……。用件を……。
うわあああ。……言いにくい。
「カネかしてくれってさ!」
言った!
言ったよ!
言っちゃったよ!
マイケル言ったよ!
すごい……。
マイケル……。
尊敬する……。
「ハぁ?」
キサラは呆れた顔をしている。
だよね。
そうだよねー。
いきなり「お金かしてください」とか言ったら、普通、こんな顔になる。
「ま、まあ……、いいけど……」
いいんだ!?
ぼくは――ぐっと、身を前へと、乗り出した。
はい?
はい?
はい――でいいのっ!? 貸してもらえるのっ?
「ど……、どうどうっ! カオ……、ちかいってば」
キサラは、僕の顔を手で押し返した。
ごめん。前に出すぎてた。
「……で? いくら?」
ぼくは手の指を開いた。3と7と1。――と出す。
「371G? ……けっこうな大金っ。……まあ、そのくらい、あるけど」
あるんだ!
お金をかりられそうな気配に、ぼくが顔を明るくさせていると――。
「だけど、いったい……、なんに使うの?」
髪をしきりに撫でつけながら、キサラが聞く。
え?
あれ?
えっと?
ぼくがお金が必要なのは……。
キサラの誕生日プレゼントを、買うためで……。
……あれ?
そのお金を、キサラに借りちゃって……。
あれ……?
いいの……?
いいのかな……?
キサラにお金を借りますか?[はい/いいえ]
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