ターン16「マイケルを人間に戻す」

「やだ」


 マイケルを連れていって、キサラに合わせた。

 そしたら、キサラの放った第一声が――それだった。


 あれ?

 マイケルを連れてきたら、魔法解いてくれるって、いってたよね?


「ゆったけど……。よく考えてみたら……。やっぱ、やだ」


 キサラは、ぷいっと、真横を向いた。


「おねがい。キサラ。マイケルを元にもどしてあげて」


 フローラが頼む。


「そうですよー。可哀想ですよー」


 ロッカも言う。


「可哀想とは思わないけど。カエルのままのが。悪さしなくていいと思うけど。でもフローラのために、戻してあげてよー。それにカエルのままだと、あたし、狩りたくなっちゃってー、困るしー」


 アネットのそれはわからないけど。

 どう困るのか。具体的にわかんないんだけど。


 でも、キサラは、さっきは魔法を解いてあげるって言ってたのに……。

 こんどはだめっていうの……、なんでなのかな?


「でも……。だって……」


 キサラは、ぐずっている。


「マイケルを人間に戻すのがだめだったら、じゃあ、わたしをカエルにして!」

「うええっ!?」


 フローラが、そんなことを言いだした。

 キサラもロッカもアネットも、足元のカエルも、もちろん、ぼくも――全員、ぎょっとした顔になっていた。

 一人だけ真剣な顔でいるのは、フローラだ。決して揺るがない決意を込めて、キサラに迫る。


「あ、あのね……、戻したくないわけじゃないし、意地悪しているわけでもないんだけど……、その……、ひとつだけ……、問題があってね」


 キサラは言いにくそうな顔をした。

 魔女の帽子を引き下ろして、顔を半分隠しながら、上目遣いになって、言う。


「か、カエルの魔法を解くためにはね……。そ、その……、解除の呪文を、まず唱えなくちゃならないの」


 呪文、忘れたの?


「そんなわけないでしょ。わたしが! いちばん最初に憶えた魔法よ! 忘れるわけないでしょ!」


 じゃあ……、なんで?


「解除の呪文を唱えてから……、それから……、ある動作を……、しなくちゃならなくて……。その動作っていうのは……、だから、えっと、そのつまり……」


 つまり?


「つまり! ――乙女のっ! キスがっ! 必要なのっ!」


 ふぅん。


「ふうん……ってね。あんた?」


 キサラが呆れている。

 なぜそれがだめなのか、ぼくには、よくわからない。

 呪文を唱えてチューをすればいいんだよね?

 昔、キサラは、マイケルのことをよくカエルにしていたけど。

 そのときにも、何度か、魔法を解いていたけど。……へんなの?


「あっ――!? あの頃は! だって! こーんなに! ちっちゃかったし! ノーカンでしょ! ノーカン! ぜーったいにノーカン! ノーカンじゃなかったら――あたし困るっ!」


 キサラは困っている。

 魔女の帽子を、しわしわにしている。

 なんで困るのか、ぼくには、ちょっとわからない。


「もう! なんでわっかんないのかしら! 頭わいてんの!? あたしたち! もう12歳でしょ!? すこしは気にしなさいよね! そういうところ!」


 だからなにを? どんなところを?


「あの……?」


 フローラが、そうっと片手をあげる。


「あの……、その、乙女の、口付けって……。キサラがやらないと……、それは、だめなの?」

「ううん? べつに乙女だったら、誰でも……。あっ……。あの、わかる……よね? 乙女って意味?」


 こくん、と、フローラは首を折るようにして、うなずいた。

 ちなみにぼくには、その意味は――わかんなかった。


 だけど女の子同士のあいだでは、それで意味が通じたらしく――。


「じゃあ。なにも問題はないじゃない?」


 よくくびれたワンピースのウエストに手をあてて、フローラは、いつもは見せない毅然とした顔で立っていた。


 地面にいるカエル(マイケル)に向けて、手をさしのべる。

 カエルは、ぴょんと、その手のひらに乗った。


「キサラ。呪いを解く。呪文。おねがい」

「あ。うん」


 キサラは呪文というのを唱え始めた。普通の言葉じゃない、聞いたこともない言葉で、なにかをぶつぶつとつぶやいている。

 彼女の体の輪郭に、ぼうっと、紫色の光が浮かびあがっている。


 あれが魔力。

 魔法を使える彼女は、すごいと思う。


「はい。呪文。おわったから。あとは乙女のキスを――」


 キサラが言い終わらないうちに、フローラはカエルにキスをした。

 なんのためらいもなく、カエルのおでこに口づけをした。


 その瞬間――。


 ぴかーっと、まぶしい輝きがあたりを覆った。


 閉じていた目を開くと、びっくりした顔で立ち尽くしている――マイケルの姿が、そこにあった。


「や……、やった! 人間だ! 人間に戻ってるよ!」


 マイケルは喜んだ顔で、そう叫んだ。


 そして感極まったまま、フローラを抱きしめようとして――。

 両腕で、がばりと――。


 抱きつきにいったのだけど。

 フローラには、すいっとかわされてしまった。


「え? え? あれっ?」


 宙を切ってしまった腕を、すかっすかっと振りたくって、マイケルは、フローラを見ている。


「だめ。マイケル」


 フローラは、ぴしりと、そう言った。


「もともと、マイケルが悪さをしたのがいけないのよ」

「でも。だって。俺」

「だってじゃないの」


 再び、ぴしりとした声で言う。


「う……、うん……。ごめん」

「反省してる?」

「うん。反省してる。心配かけて……、ごめんな?」


 すごい。マイケルが謝った。本当に反省している。


「心配……、したんだからねっ?」


 フローラが、マイケルに――おでこを預けた。

 マイケルの腕が、フローラの肩を、そっと抱き締める。


 ふわぁー……。


 ぼくたちは、じーっと見ていた。

 感動的なシーンだった。

 抱き合う二人を、キサラとアネットとロッカとぼくとで、じーっと見ていると……。


 マイケルの手が、ぼくたちに向けて、しっしっと振られた。


(おい……、わかれよ? なっ? なっ?)


 マイケルが小声でなにかを言っている。


 わかりますか? [はい/いいえ]


==============================

Twitterでの選択結果はこちら!

https://twitter.com/araki_shin/status/702916763017543680

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る