ターン15「カエルとアネットとロッカとフローラ」
マイケルを探して、あちこち歩いた。
まずユリアさんのところに行った。
「え? カエル……?」
カエルって聞いた途端、ユリアさんは掃除のホウキを持ったまま硬直してしまった。
その綺麗な顔に、ぷつぷつぷつ――と、じんましん、じゃなくて、鳥肌が浮かんでゆく。
「し、しらない。かえる。しらないしみてないし、せなかになんて、はいってきてないし」
鳥肌の浮かんだ顔で、ユリアさんはいつものように微笑みを浮かべる。
でもなんか。話しかたが変だし。言ってることも変だし。
さっきのことが、相当、ショックだったんだろうなー、と思って、ぼくはユリアさんのところをあとにした。
次にマリオンのところを訪ねた。
「カエル?」
鍛冶の仕事をしていたマリオンは、手を止めて、額を拭うと、ぼくに顔を向けた。
いま拭ったことで、手袋の煤がついて、顔が汚れちゃったんだけど――言うべきか言わないべきか。
ぼくは口で言うかわりに、腰に下げてたタオルを、「んっ」とばかりに、押しつけた。
「え? あっ……、その……、あ、ありがと」
マリオンは顔を拭いた。
「こ、これ……、洗って返すからっ」
タオルを持っていかれてしまった。なんでなのか。すぐに返してはもらえないらしい。
「……で? カエルだったっけ? さっき、そこの窓のところに一匹いたけど……。うん? 2匹目は来なかったかって? いや? 来てないけど……?」
マリオンの仕事の邪魔をしては悪いから、ぼくは鍛冶屋をあとにした。
つぎはリリーのところ。
「え? カエル? ううん? 実験はしてないよ? だって成功したじゃない。成功した実験を、もういっぺんやるほど、ヒマじゃないもの。――いまやっているのはねっ。新しい実験! ――ねえ聞いて聞いてーっ! こんどの発明は、すっごいのよー!?」
話が長くなりそうだったので、聞かずに、リリーの研究所もあとにした。
マイケルはどこに行ってしまったんだろう……?
まさかキサラが心配していたみたいに、猫にでも食べられたちゃったり、していないだろうか……?
そんなはずはない。
マイケルは、きっと、たくましく生きている気がする。
踏まれても囓られても、きっと、図太くたくましく、生きているに違いなく――。
「まてー! 逃げるなー!」
カエルを探して歩くぼくの耳に、そんな声が聞こえてきた。
アネットの声だ。
急いでそっちに行ってみた。広場のあたりで、アネットが弓を構えているのが見える。
弓矢が狙う先は――。
地面にいるカエルだった。
マイケルだ。
いっぺんカエルになったせいか、カエルの顔がわかるっていうか、そのカエルが他の普通のカエルと違って、マイケルだということが、ぼくには、一発でわかった。
「だめ! だめですよう」
狩人のアネットに狙われて、危機一髪のカエルを、かばう女の子もいる。
両手を広げて立ち塞がっているのは――ロッカだ。
薬草摘みを生業にしている、優しい子だ。
「そこどいて! ロッカ! そいつ! 狩れない!」
アネットの目は、すっかり〝狩人モード〟になっている。
彼女の仕事は狩人だ。獲物を狩るのが、彼女の仕事だ。
村にいる女の子たちのなかでも、彼女はちょっと雰囲気が違っていて……。なんというか。野性味がある感じ。
「この子。――カエルさん。なんか言ってますから! 聞いてあげましょうよ」
「いや。言うわけないし。カエルが話すわけないし」
「言ってます! 言ってるんです!」
おとなしいロッカが、めずらしく――強い顔と強い声で、そう主張している。
「――ねえ! カインさんも、そう思いますよね!」
え? あれ? ぼく?
急に話を振られた。
ぼくは、こくこくと――うなずいた。
ロッカの足元にすがりついて、カエル(マイケル)は、たしかに、なにかを喚いている……。
カエルになっていたせいか、ぼくには、カエル語がわかるみたい。
「ほら! カインさんもそう言ってます! ――聞いてあげましょうよ!」
「うーっ……、まあ、カインが、そう言うなら……」
アネットも弓を下ろしてくれた。
ロッカは地面に手をついて、目線をカエルと同じ高さに持っていって――耳を近づけた。
ロッカは、動物とお話ができる子だった。村のみんなは、誰も、そのことを知っている。
あー……。
やめたほうがいいと思うんだけどなー……。
「うんうん。なに? なに? ええと……、え? 〝なんで、おまえは、タイツじゃないんだ〟……って? え?」
カエルの言葉を聞いているロッカは、きょとんとした顔。
げこげこ、けろけろと、カエルは陳情を続ける。
「えと、えと……、〝なぜアネットみたいに生足でない! 最期に見るローアングルがタイツだなんてあんまりだ! 生足と生ぱんつとを要求する!〟……って? えっ? えっ? えええっ!?」
ロッカは目を白黒させている。
省略すればいいのに、律儀にも、カエルの言葉をそのまま翻訳しちゃっている。
そういえば、カエル(マイケル)は、ロッカの足元にすがりついていたんだっけ。カエルの視線は地面すれすれだから。そこからだと……。
「こっ……、この! スケベガエルっ!!」
アネットが弓を構えるなり、矢を放った。
目にもとまらぬ三連射が、カエルを襲う。
――が。
カエルはひらっと身をかわした。
ぴょんぴょん跳ねて、逃げてゆく。
「待てーッ!! こらーっ!!」
アネットが矢をつがえ直して、さらに何連射かを行った。
しとめた!
――と思ったけど、かすっただけ。
カエルはちょっと怪我をしながらも、ぴょんこぴょんこ、必死に跳ねてゆく。
カエルが向かう先には――。
別の女の子――フローラがいた。
カエルはフローラの足の向こうに身を隠した。
「えっ? えっえっ?」
いきなり足元に逃げこんできたカエルに、フローラはあわてている。
「フローラ! そこどいて! そのスケベガエル!! ぶっ殺ーす! 皮剥いで唐揚げにしてやるんだから!」
「えっ? えっえっ? ええっ?」
アネットに言われて、フローラはどこうとするのだが――。カエルはささっと素早く後ろに回り込んでしまう。
そろそろ言ったほうがいいかな、と、ぼくは思った。
そのカエルがマイケルだってこと、みんなはまだ、知らないんだよね。
さっきは止める間もなく、アネットが矢を放っちゃったけど。まさか本当に射っちゃうとは――。
「あ、あの――アネット? なんか? あの? このカエル……助けてあげて?」
カエルにすがりつかれて、フローラは困ったような顔で、そう言った。
「なんでよ? フローラ、あなた……、カエル、大嫌いだったでしょ?」
「そうだけど……。そうなんだけど……。そのはずなんだけど……」
足元にいるカエルを、フローラは、じいっと見つめた。
そして、ゆっくりとしゃがみこむと、手のひらをカエルに向けて差し出した。
カエルは、ぴょんと跳ねると、おとなしく、フローラの手のうえに乗った。
目の高さまで、カエルを持ちあげて――
二人は――一人と一匹は、じいっと見つめあった。
「……マイケル?」
フローラの桜色のくちびるが、そう――動いた。
自分でも信じられないという顔で、フローラはカエルを見つめている。
カエルも、じっとフローラを見つめている。
「なに言ってんのよ、フローラ。――そんなわけないでしょ?」
アネットが言った。
アリエナイ、とかいう感じで言っている。
「かして。それかして。――お肉にするんだから。あたしの今日の夕飯なんだから」
アネットは狩人だった。ワイルドだった。
「あっ――あのあのっ! そのカエルさん――なんだか普通のカエルさんと違うっていうか。いえあのっ――、〝えっち〟って意味じゃなくてっ。そういう意味じゃなくて、なんていうか――」
ロッカもなにか違和感を感じていたのだろう。
説明しようとしているが、うまくない。〝あのあの〟ばかりで、ぜんぜん、要領を得ない。
ぼくは――。
カエルがマイケルだということを、皆に話しますか?
[はい/いいえ]
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