ターン10「キサラとカエル」
【前書き】
数年が経ちました。
カインや女の子たちや、マイケル&フローラは、皆、揃って「12歳」になっています。
【本文】
「待てー! 待ちなさーい!」
村のまんなかを歩いていると、キサラの声が聞こえた。
待てと言われたので、立ち止まった。
振り返って、待っていると――。キサラが走ってくるのが見えた。
彼女はいつも魔法屋にいる。研究しているか店番をしているか、大鍋の火の番をしているか、魔法屋のオババの愚痴を言っているかのどれかで、こんなところで見かけるのはめずらしい。
ぴょんこ。ぴょんこ。
走ってくるキサラの前に、一匹のカエルがいた。必死に飛び跳ねている。
「待てー! ほんと待てーっ!!」
キサラが叫ぶ。
どうやら「待て」と叫んでいるのは、自分に対してではなくて、カエルに向けてのものだったらしい。
ぴょんこぴょんこ跳ねてるカエルに向けて手を伸ばす
キサラって女の子なのに、カエルは平気なんだよね。すごいよね。
「カイン! そいつ捕まえて――! マイケルのやつ!」
「え?」
思わず声がでた。「はい」と「いいえ」しか、いつも言わないのに、いまは「え?」と声が出てしまった。
カエルは、ぴょんこぴょんこ跳ねながら、足の後ろに回りこんできた。
こちらの後ろに隠れにきた感じ……?
「カイン! そいつ! そこどいて! もーアッタマきた! 今日こそもう絶対に許さない!」
キサラはものすごい剣幕でエキサイトしている。長い髪の毛まで乱して、ものすごく怒ってる。
この村に来てもう何年も経って――。キサラとは5歳の頃から、もう何年も一緒に過ごしているけど。
こんなに怒った彼女は、はじめて見たかもしれない。
いつも彼女はクールだった。おとなびた顔をして、半眼に閉じた目で、「ふうん」と小馬鹿にしたみたいな声をあげるのが、彼女の癖だ。
冷たくてキライ、という子もいるけど。ぼくは、本当の彼女は、優しくて温かい子なんだって知っている。
「カイン! そこどいて! そいつコロせない!」
いやコロしちゃだめでしょ。
てゆうか。いま「マイケル」って言わなかった? ――言ったよね?
「じゃあコロさないから! 二次元の呪いをかけてやる! 平面ガエルにしてTシャツに貼り付けてやる!」
平面ガエルもだめでしょ。
てゆうか。マイケルなの? ちがうの? どっちなの?
キサラは魔法が使える。
村の魔法オババのところで厳しい修行を積んで、カエルにする魔法とか、ファイヤーの魔法とか、色々使える。すごい女の子なのだ。
とにかく、キサラ。落ち着いて。
綺麗なのが台無しだよ。いま。ものすごいよ。
「えっ……?」
キサラは目をぱちくり。
切れ長の目と、長い睫毛を――震わせる。
「な、な、な――なに、へんなこと言ってるの……よ。あたしが取り乱すとか……、あ、あるわけないでしょ! そんなこと……」
「た、ただねっ――、マイケルのやつがっ、へんなこと言うからっ! カエルにして懲らしめてやろうと思って!」
そのマイケルは、足元で、こそこそと隠れている。
「え? なに言ったのか? ……って? えーと……、それはァ……、ええと……。言わないとだめ?」
[はい」
「え? 言わないと、どっちぶっていいのか、わからないから、言わないとだめだって……? え? ええーっ! ちょ――! ぶつって! ――あたしをっ!? あたしのほうが悪かったら、ぶつって? ――言う言う! 言うから! 悪いのは絶対マイケルだから!」
キサラはわかってくれた。
どうしてこうなったのかの説明をはじめてくれた。
「マイケルがあたしのところに来て、変なこと言うのよ。カインは……あんたは、そのっ……、す、す、す……」
〝す〟……?
「す……、す、すきな……、好きな女の子が、ぜったい、いるって……」
キサラは紺色の魔女の帽子を、ぐいっと引き下ろして、帽子のつばの下から覗くような目を向けてきた。
「ど、どうなの……? こ、答えなさいよ! あたしだって言ったんだから……、つぎはあんたの番でしょ!」
なにを?
「なにを――って!! マイケルのヴァカ! ――の言ったことが! 本当なのかどうかに決まってんでしょ!」
ええと。なんだっけ? 好きな女の子がいるか……だったっけ?
うーん。うーん。うーん?
「ね、ねえ……、あ、あんたの好きな子って……、もしかして……? ユリアさん? そうよね。ユリアさんは大人っぽいし綺麗よね。おっぱいだって大きいし」
[いいえ]
「じ、じゃあ……、マリオン? そ、そうよね。マリオンはああ見えて女の子らしいわよね。チカラは強いけど優しいわよね」
[いいえ]
「じ、じゃあ……、ロッカ? そ、そうよね。あの子はぼーっとしてて天然入ってるけど、かわいいし、女の子っぽいし。服だってピンク色だし」
[いいえ]
「え? アネットなの? そりゃあの子は野性味あって、健康的だと思うけど。美人だし。猟師のお父さんのあとを継いで腕もいいし」
[いいえ]
「まさかとは思うけど……。リリー?」
なんでリリーだけ〝まさか〟なの?
[いいえ]
5回目の[いいえ]をすると、キサラは大きな大きな、ため息をついた。
「ああ……、よかったー……。ほーらみなさい! マイケルのうそつき! カインに好きな子なんて! いなかったじゃない!」
キサラは、ぼくの足元を、びしっと指差した。
カエルがこそこそと足の後ろに隠れる。
ん……? あれ? 5回? この村にいる女の子はフローラを除くと六人だから、1人足りなくない? 誰が足りないんだろ?
ああそっか。――キサラなんだ。
なんでキサラが、みんなのは聞いて、自分のは聞かないのか、よくわかんないけど。
足元のカエルをどうにかしないと。
「なによ? あんた? ――マイケル元に戻せって言うの? いやよ。や! ねこにでもなんでも、食べられちゃえばいいんだわ! 自業自得よ!」
マイケルを元に戻してほしいとキサラに言いますか? [はい/いいえ]
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