ターン8「池のなかのはつめいか」

「きょうはなー。あんま期待すんなよー」


 前を歩くマイケルが言う。

 今日は池のなかに住んでる子のところに連れていってもらえる約束。

 なにを「期待するな」なのか。そもそもなにを期待すればいいのか。マイケルの言ってることは、たまに、よくわからない。


 池に住んでいるといっても、べつに、へんな意味じゃない。

 村の中には、小さな池があって、その池の真ん中には、家が一軒建つのがやっとの小さな島がある。

 その島に建つ小さな家に、おない年くらいの子が住んでいるそうだ。


 トモダチが増えるのが楽しみだ。


「カイン。あんま期待すんなよー」


 マイケルはまた念を押すように言う。だから期待って、なに?

 島へはボートを使う。飛び越えて渡るには、ちょっと距離がありすぎる。


「落ちるなよー」


 マイケルはそう言うと、平然とボートを操った。

 すごい。マイケルがカッコいい。


 ボートに乗るのは始めてで――。落ちないように、しっかりとつかまっているので精一杯。


「ここがー、自称、〝はつめいかー〟の、うちだー」


 池のなかの一軒家の前に立ち、マイケルは言った。


「え? 〝はつめいかー〟って、なんだって? それは、えっと……、あれだ。つまり。〝はつめいか〟だ」


 それ答えになってないよ。


「なんだよ。おまえ、そんなこともしらないのかー?」


 マイケルは知ってるの?


「も、もちろんだとも!」


 じゃあ教えてよ。


「――あ、あとで! あとでフローラに聞いてみなっ! カンタンすぎて! おれちょっとこたえたくないやー!」


 マイケルはごまかした。ごまかしかたが、あんまりうまくないと思った。


「――まあそれはともかくとして、だ! ここがそいつのうちだ。とーちゃん、かーちゃんいなくて、こいつ、ひとりで住んでんだぜー」


 ぼくも一人だよ。


「ああ。そういや。そうだっけ。……いいなー。いいよなー。ヤギの乳しぼりなさい! とか、おまえ、怒られたりしないんだろー」


 ヤギの乳しぼりじゃなくて、薪割りだけど。

 おこられなくたって、やるけど。


「ここの家のやつも、ひとりだからー。すげえ気楽だぜー。一日中、へんなことばっかやってるぞー」


 へんなことって、なんだろう?

 マイケルの言う〝へんなこと〟だから、きっと、へんなことじゃないはずだ。


 ――と。

 そんなふうに、家の前でマイケルと話し合っていると――。


「もー! うるさいわねー! けんきゅー! できないでしょー!」


 ばーん、とドアが開いて、女の子が飛び出してきた。


 白いぶかぶかの上着を着た女の子が、三つ編みを振り回す勢いで怒っている。


「よー、リリー」


 マイケルが手を挙げて挨拶。


「ぱんつは見せないからねっ!」


「ちげーよ」


「おんなのこの服を透視する機械もつくらないからっ!」


「ちげーって」


「フローラが優しくなるクスリもつくらない!」


「それは頼む」


「そんなことやってるヒマなんてないって言ってんでしょーっ!」


 女の子が叫ぶと、赤い三つ編みが、ぶんぶんと回る。

 おもしろいなー。


「な? ――カイン。こいつ。おもしれーだろ」


「こいつゆーな! あと人をゆびささない! ――って? あれ? あれれー?」


 彼女は顔にかけたガラスのレンズ――眼鏡っていうらしい――を、ぐりぐりやって、じっとこっちを見た。


「この子、だれ?」

「こいつ。カイン。最近。この村にきたんだぜ。おまえ。けんきゅーばっかしてるから、しらねーんだろ」

「そうなんだ……。あー、ちらかってるけど、よかったらー、はいる? おかし、あるよー?」


 女の子――リリーは、家の中に招いてくれた。

 やったー。

 おかし。おかし。


「おい! おれんときは追いかえそうとしたくせにー!」

「だってマイケル。ガタクタくんをバカにするんだもの」


「へーん! そんなカカシ! だってへんじゃん!」

「へんじゃないもん! ガラクタくんは! ママが作ったすっごいロボットだもん! 壊れていて直せないだけだもん!」


 家の前に、錆びついた鉄でできたカカシが立っている。

 ただのカカシではなくて、歯車とかバネとかが、いっぱいついている。


「そのうち直すもん!」

「いつ直すんだよー!」


 マイケルが言う。


「そのうち! そのうち! ぜったい直すもん! わたし! もっといっぱいけんきゅーして! すっごい、はつめいかになって! 直すんだもん!」


「うそつきー! うそつきリリー! うそつきつきつきー!」


 マイケルは、大声をあげて踊っている。

 女の子は、目に涙をうかべて、マイケルをにらんでいる。


 マイケルを――。

 ぽかんとぶった。


「いてえ! なにすんだよカイン! ……え? だめ? やめろ? 信じてあげろ?」


 リリーは眼鏡の下の目に、いっぱい涙を溜めている。


「信じてくれるの? わたし……、ママみたいな、すっごい、はつめいかに、なれると思う?」


 [はい/いいえ]


==============================

Twitterでの選択結果はこちら!

https://twitter.com/araki_shin/status/679284839988658176

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る