第5話

松山は自室にある将棋盤の前でずっと座っている。盤の上には、田原教授の目を盗んで取った、4錠の薬を置いている。1戦1粒、4勝すればタイトル奪取だ。


次のタイトル戦、羽賀はこの薬を飲んでくるはずだ。自分も飲めば確実に勝てるだろう。いや、将棋に確実はない。そんなに甘くはない。しかし、少なくとも、同じ土俵の上なら自分がかなり優位なはずだ。


飲んで優位に立つか?それとも、正々堂々と無しで戦うか? あるいは、これを証拠に世間に訴えるか?あるいは、羽賀に訴えるか?


世間に訴えれば、羽賀の嘘を曝すことが出来る。しかし、同時に将棋界は終わる。それは自分の夢も希望も終わるということだ。その選択は出来ない。


羽賀に訴えることは可能だ。このまま悶々としていてもしょうがない。しかし、彼は即引退をする可能性もある。そうすると、自分は対戦せずにタイトルを取ることが出来る。でも、それは納得出来ない。対戦した上で、彼に勝ってタイトルを取る。これしかない。しかし、薬なしで勝てると思えない。なぜなら、新タイプの薬は効能が上がっている。

前回ですらギリギリで負けたのに。

では、この4錠を飲んでタイトルを取り、同じ土俵なら余裕で勝てますよと言ってのける。あとは彼の矜恃、棋士の矜恃を見せてもらおう。

でも待て!薬を飲んで勝ってる棋士に矜恃なんてあるのか?


「矜恃なんてあるのか?」


そうして、タイトル戦の1日目が始まった。

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