楽しい時間は、ただ空回る。
(……ん…ふわぁ。)
健やかな目覚めとはお世辞にも言えない状況だが、とりあえず睡眠はとる事が出来た。
(体中が痛いのな。まぁ雨風に晒されてないだけで良しとしよう。)
残金がある内になんとかしなくてはならないという事を改めて心に刻み、延長料金が発生する前にネットカフェを出る事にした。
(寒っ!なんやこれ…)
店を出て10分も経たってないのに、もう何処かに逃げ込みたくなってしまった。
(そうだ、何か食べよう!)
昨日の朝から何も食べてない事を逃げる理由にして、さっそく手頃な店をと思い、街を歩きまわる。
(やっぱり、ここやな。)
結局、行き着いた先は昨日のカフェ。
一番安いモーニングセットを注文し、席へと着いた。
外から差し込む日の光
店内に漂うコーヒーの香り
なんて優雅な朝なんだろう。
…
(こんな事になるなら、学校とバイト先の往復という生活の方が良かったかな…)
自分の時間がなく、ただの苦痛としか思えなかった生活が、本当はありがたい事だったんだなと感じた瞬間であった。
(とりあえず、おかんにメールでも入れておこう。)
誰にも何も言わず出てきた訳だが、母親だけは心配させてはいけないと思い、スマホを手に取りメールを作成する。
「ちょっと祐也と遠出してるから、また帰る時にでも連絡するわ!」
あまり詳しく書くと駄目だと思い、簡素なメールを送るだけにした。
(そういえば、未読メールあったよな。)
あまり気は進まないがメールを見てみようと心に決め、アプリを開こうとしたその時だった!
「あ、偉いじゃん!今日は荷物をちゃんと自分の下に置いてるんだね!」
背後から急に声を掛けられたので返す言葉もなく、下から睨み付ける様な形で声のする方に振り向いた。
(昨日のスーツのお姉さんか。)
昨日と同じく、コーヒーとパンの乗ったトレイを抱え、こちらに歩いてくる彼女の姿があった。
「あれ?なんか私…気に触っちゃったかな。ごめんね、無視してくれて大丈夫だから」
そう告げると何事も無かったかのように横の席へと座り、黙ってコーヒーを飲みだした。
「あっ謝るのは俺の方やわ…愛想ない態度とってしもてごめん。まさか、誰かに話し掛けられるとは思ってもなかったから、なんも反応出来へんかったわ」
パンをくわえたままの体勢でチロッとこちらを見た彼女はこう呟いた。
「…ちょっと怖かった。」
そう言うと彼女は顔を前に向き直し、コーヒーを飲みだした。
知らない人に無言で睨まれたら、誰でもそうなってしまうだろうと思った俺は
「ほんまにごめん!なんか言う事きくから許してくれへん?」
目を閉じて、軽く頭を下げながらお願いしてみた。
「うーん、じゃあ…。」
少し困った様な感じの顔をした彼女だったが、すぐにこちらへ振り向き
「なんでやねんって言って!」
…
「はぁ?なっなんでやねん!っていやいや…ほんまに!」
「ぷっ…そんな感じになるんだね!」
そう言いながら彼女は楽しそうに笑みを浮かべ俺の肩を叩いた。
「少し怖い思いをしたけど、話しかけてみて良かったよ!」
「こんなお願いされたん初めてやわ。こんなんでいいんやったらなんぼでも言うで!」
「じゃあ、何か面白いことして!」
「お…おう。」
(でた、無茶振り。)
これを言われたらやる事は決めている。
「はいっ!モノマネやります。良く見といて下さい。」
そう言うと俺は、少し猫背になり、右手の甲をアゴにあて、顔をうつむけ、しばらく黙り込んだ。
「えっと。いつ始まるの?」
…
「考える人。」
…
「ぶっ!何それ?シュールすぎて何してるのかわかんないし!もう、ずっと考えときなよ」
「いやいや、ちょっと笑ってたやん!これはもう俺、お金貰えるレベルちゃう!?」
ほんとうにくだらない会話だったが、彼女と話をしていた時間は、久しぶりに感じる楽しいと思う時間だった。
「じゃあ、私はそろそろ行くね!このままだと遅刻しちゃいそうだから」
「あっもうそんな時間なんや、分かった。気ぃつけて!」
「うん、ありがと!次は、考える人以外の面白い事、期待してるね!」
そう言うと彼女は席を立ち、食器とトレイを返却したのち、クルッとこちらに振り返り
「またねっ♪」
と言いながら軽く右手を上げ、足早に去っていった。
残された俺はと言うと、楽しかった空間の余韻に浸り、コーヒー飲をみながらぼーっとしていた。
だが!すぐ我に返り思った事は
(うわ…そういえば名前くらい聞いとけば良かった。ってか悪い雰囲気じゃなかったんやから携帯の番号とか聞けてたら、今からナンパとかせんで良かったんやん…)
空回りしてしまった自分に呆れながら、そろそろ出発しなければという思いに駆られ、楽しい時間を過ごせたカフェから出る事にした。
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