第13話 1週間前の話

「砲撃ーっ!」

 その叫びを聞いて、周りの者達はすぐに伏せた。砲弾の飛翔音が響く中、伏せて黙っている。この少しの間は祈るしかない。運任せである。


 重さ20kgほどの炸薬がつまった砲弾が弾着し、信管が作動し、起爆薬の小さな爆発が伝送薬に伝わる。そしてそれが爆発し、炸薬が爆発し、砲弾が炸裂する。

 外を覆っていた金属壁が破壊され周辺に拡散される。それも凄まじい速さで。破片と爆発のエネルギーは重力に逆らい、上に行こうとする。


 炸裂の余韻が去り、人々は立ち上がった。砲弾痕が一つ増えた。その周りには死体がいくつか転がっていた。新しい死体。その倍ほどの数の負傷者が苦しんでいた。

 無傷だった者は負傷者を介抱してやった。

 道を急ぐ者もいた。その中に装填手ブロンがいる。砲手ヘーカーもいる。

「皆どこに向かうつもりなんですかね?」

「アウトバーンか線路に沿って西に逃げるつもりだろうな」

 あくまで客観的に物事を捉えている。

「我々はどうします?」

「まあ、このままでもいいんじゃないかな」


「砲撃ーっ!」

 再び声が聞こえ、そこらの者達が伏せる。装填手ブロン砲手ヘーカーも伏せた。今回は道から数メートル離れたところに落ちた為、死傷者はいなかった。

 しばらく歩くと線路が見えた。線路沿いに人々が歩いている。西へ向かっているようだ。

「おーい、そこの戦車乗り」


 路肩には走らなくなった戦車が所々、停めてある。燃料もなくなり、損傷箇所を治すこともできない。鉄の棺桶を失った物達は途方に暮れていた。

 2人を呼び止めたのはバイク乗りであった。模範的な装備をしていて、埃にまみれている。国防軍のようである。

 バイクはサイドカー付きの。これも走れなくなっていて、修理を受けているようだ。

「手伝ってくれやー」

「なんだ?」

「どうした?」

 模範的な反応を示す二人である。


「破片が引っかかってな、これがなかなか、抜けねえんだよ」

 確かに、マフラーと前輪に砲弾の破片と思しきものがある。これが取れたからと言って、走れるかどうかは別問題であるのだが。

「というわけでな、支えてな、手伝ってな」

 人に頼むにしても、もう少し説明があっていいものだが、ブロンとヘーカーの元上司は壊滅的な会話能力であるため話が通じた。


 破片を両手でがっちりと掴み、片脚を力強く地につけ、もう片脚をバイクに押し付けた。そして引っ張る。それぞれ、ハンドルとサドルを抑えたブロンとヘーカーは身構える。

「ふうぅん‼︎」

 破片は屈強な男達によって引き抜かれた。

 二つ目の破片も同じように引き抜かれ、バイクは見た目の上では無傷になった。

「さて、こいつが動くかな?」

 彼はキーを挿して、ひねった……すると、バイクは唸りを上げてエンジンを始動させた。だが、そのエンジンの唸りが尋常ではない。

「うるせえな……まあ、走るだろうな」

「走るのか、これが……?」

「うるせえ、うるせえ、うるせえ。俺が走るって言ったらこいつは走るんだよ」


「砲撃ーっ‼︎」

「伏せろ!」

 ヘーカーが促す。

 再び砲弾が落下した。今度は50メートル程離れた位置に落ちたようだ。

 先程から砲弾の飛翔音がした時に、特に近くに落ちそうなものを叫んで知らせてくれる兵士がいる。

「ああ、うるせえな! もうこいつは手前らにあげる!」

「……」

「……ありがとう」

「聴こえねえよ! うるせえ! クソが!」

 というわけで、2人は優速の移動手段を手に入れた。サイドカーであるから、2人で移動できる。彼らがこのうるさいバイクと目指すのは、アハッツと最後に会った例の街。少年の家が近くにあった、あの街だ。



 軍が悩む事の一つに、兵站問題がある。兵站とは、兵士の食料、衣服、武器、弾薬、そして兵器の燃料など、戦闘を行う上で、兵士が生活して行く上で必要不可欠なものの輸送についてのことだ。

 この話の中で重要になるのは兵站ではなく、兵站を妨害する者達だ。兵站、つまり輸送のための鉄道や道路運搬の妨害を行う事も、戦術の一つだった。

 ソ連軍はドイツ軍の戦線を堂々と、大胆に、壊滅的な打撃を与えて突破したのち、さらにドイツの後方を妨害すべく、機動力のある部隊を投入した。

 戦車などは燃料がなくなれば走れなくなるから、車両ではなく馬が使われた。馬ならば、腹が減った時にその辺に生えている草を選んで、少々の干草を混ぜて食べさせればよい。

 ソ連の騎兵達が馬をどのように扱ったかはよくわからないが、彼等は馬を突撃の為の道具というよりかは、攻撃地点への移動手段としても考えたことは確かだ。ドイツ軍の鉄道を破壊する為、線路から線路へ機動したのだ。


 そして、機動の途中、ソビエト騎兵にとって運が悪い事にドイツ軍に出くわしてしまった。

「馬だ! 馬だぞ!」

 だが、それはドイツ軍──ブロンとヘーカーにとっても運が悪い事である。

「撃ってくださいよ! 敵なんでしょう⁈」

「バイクを止めろ!」

「無理です!」

「わかった!」

 走行間射撃、すなわち走りながら撃つのは全くと言っていいほど当たらない。しかも双方、バイクと馬で走っている。馬の方は40騎はいるだろうから、数の上ではソビエトに利がある。


 さて、ブロンは運転が下手だ。そして、ヘーカーは戦車砲はよく当てる事ができるが、銃はめっぽう下手な上に走行間射撃という、玄人ですら難しい事に挑戦しようとしている。成り行き的にこのような配置になってしまったが、ブロンは下手なりに騎兵からある程度の距離を保っている。

「なんでシュトリヒがついてないんだ!」

「甘えてんじゃねえよ!」

「えぇっ⁉︎」

「ああっ、ほら! あっちも撃ってきてるじゃないですか!」

ヘーカーは反撃したが、一発も当たらない。彼が使っていたのは、歩いている途中で死体から拾ったライフルだが、すでに弾が尽きた。

「ええい! くそ!」

「なるほど、あのバイク乗りがあんな口調だった理由がわかりますね!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る