第12話 事故

 事故というのは戦場でも起こりうる。例えば、追突してしまったり、ストックしたり、履帯が取れたり、履帯が切れたり、切れたり、切れたり……。


「ふふっ……直ったか?」

「はい……」

 重い履帯を直すのは骨が折れる仕事だった。

 壊れた戦車は、牽引車に引っ張ってもらう。もしくはその場で修理を行う。


 152口径が付近に着弾した。そして、よりによって履帯が切れた。その直後、敵の頭上には爆弾の雨が降り注いだ。

 どちらかといえば、敵からの攻撃による損害だろう。事故ではない。


「周辺に敵は見当たりません」

「よし、わかった」

 ちょうど、斥候が戻って来た。

「操縦手、出せ」

「了解しました」

 履帯を直して来たばかりで、腕に痛みが残っている。淡々としているが、表情から疲れが伝わる。

「分隊乗れ」

 展開していた歩兵分隊が、IV号駆逐戦車グデーリアン・エンテに乗り込む。他の戦車と歩兵達はすでに退かせてあった。

 いつもの展開なら、別行動をとった部隊が攻撃され、アハッツ達しか生き残らない。

 しかし、今回は違う。




 二時間遅れで街の部隊と合流した。

「間に合ったか……ふっ」

『既に配置は済んでいますが、ここで良いのですか?』

「ふふふふ……とにかく射界に入った敵を撃てばいいんだ」

 アハッツの脳には、既に勝利の図式が描かれている。彼は攻撃戦より待ち伏せなどの防衛戦の方が得意だったからだ。


 ベルリンの南、先程の場所から60kmほど離れている町。

 今の所、赤軍は戦車隊の前進が早すぎて砲兵隊が付いて来れていない。

「今のうちだ、殺しておくぞ」

「は……」

「こっちが殺される前に、なるべく戦力を削ぐんだよ──俺たちゃ捨て駒だ」

 明らかに不満を持っているアハッツ。IV号戦車に乗れなかったので、かなりきているようだ。


 爆撃で建物は崩れ、瓦礫がそこらにある。男共は戦争で出払ってしまって、女子供と老人しかいない。他には国防軍と親衛隊の歩兵中隊、そして駆逐戦車が7両と高射砲が4基。突撃隊が一個小隊。

「使い方はわかるか?」

「い、いえ……」

 老人は自信なさげである。

「敵が一〇メートル以下に来たら、こことここを合わせて引き金を引け──やってみろ」

「こうですか?」

 パンツァーファウストを構えて練習している。頼りないのは当たり前だが戦力が足りていない為、仕方がない。

 老人と、少年少女達は熱心に講義をきいている。

「私達に出来る事は何かありませんか?」

「嗚呼、奥様方、なんとお美しい」

 ヘーカーがここで登場する。さすがは貫禄のあるプレイボーイ。顔に似合わず積極的である。

「あらやだ」

「お世辞なんて言わなくていいわ」

「そうよ、何かできる事はないの?」

 随分と赤軍に恨みがあるような奥様方だ。

「それでは西へ向かって下さいませ」

「私達に逃げろって言うの?」

「いいえ……イワンの連中、傲慢で獣のような奴等ですからね、お美しい奥様方に何をするかわかったものじゃ……」


 そこへ、戦車が一両やって来た。瓦礫を踏み壊しながら、道を作って行く。砲塔がない。

 アハッツの乗るIV号駆逐戦車グデーリアン・エンテだ。

「ヘーカー! なんで戦車に乗ってない!」

「おお! また会いましたね」

「『また会いましたね』じゃねえよ。戦車に乗れ」

 ハッチから出ているアハッツは、相変わらず小さい。

「戦車がなかったんですよ、どこにも」

「ふふふっ……あっただろう……」

 少年に預けていたIV号戦車があった。果たして、どんな状態になっているかは分からないが……。

「少し待ってろ、戦車を持ち場に持っていくから」

「了解!」

 ヘーカーはIV号戦車について思い出したようだが、奥様方の相手をしなければならなかった。


「よし、止めろ」

「了解っ」

 建物の前で停止した。元々は店だったようだが、ショーケースは完全に割れている。二階部分も爆撃で窓ガラスはない。おそらく屋根も吹き飛んでいる。

「左旋回、バックで入れ」

 操縦手はギアを変えたり、左右のレバーを傾けたり、クラッチを入れたりしてIV号駆逐戦車を動かしている。

 信地旋回で建物に背後を向けると、後退した。

 ガラスの破片や衣類を踏みつけながら、半ば強引に侵入する。

「よし、そのまま…………」

 後退を続ける。

「見えないな……」

 ハッチから頭を出してはいるものの、背が低い上に天井ギリギリで視界は殆ど確保出来ていない。

 通常の走行ではありえない音がした。ばきばきと何かが折れる音。

「ん? ふふっ」


 どんっと、鈍い音がして車体が店舗の壁にめり込む。レンガの壁が崩れ、二階部分の重さに柱が耐えきれなくなった。

 頭を抑えて縮こまるアハッツ。

「おっ、落ちる」

 装填手が上を見た。

 戦車は壁を崩して停止した。

 アハッツは両脚で操縦手の肩を蹴る。

「ぬふぉっ」

 操縦手はそれをくらい、反射的にギアを変えてレバーを前に押した。その動作が終わる頃には二階部分が車体に落ちていた。


 落下の衝撃と重さに耐えきれず、転輪の前四つが折れた。

「はあ……」

「…………」

「被害状況確認、装填手」

「はい」

「操縦手」

「はい……痛え」

 一人ずつ呼ばれて返事をする。全員無傷である。転輪と砲身以外は、車体も無事だった。

「下にハッチがあったろう? そこから出るぞ」

 車体下の脱出用ハッチから一人ずつ下りる。

「やはりIV号。脱出の時の事も考えてあるな!

 ……ふふふっ」

 瓦礫の中で男の声が響いた。

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