第10話 街へ

「なんでお前がここに来るんだ?」

 低身長のドイツ人が問うた。

「ここ、親戚の家ですし……そちらこそ」

 太ったドイツ人はそう答えた。



 話を聞くと、この家はヘーカー軍曹の親戚の家であり、婦人は軍曹の兄の嫁らしい。つまり義姉だ。しかし、少年は婦人の子なのかというと……。

「親父の子……つまり、俺の弟ですね」

 理解しがたい話を、アハッツ達は無視することにした。


「ヘーカー、この近くに基地はあるか?」

「検問はやってましたね」

 少年と同じ回答だ。

「どうしてです?」

 ヘーカーは疑問が沢山あったが、全て聞いても答えてくれるか怪しい。まずは最も気になることを。


「このままだと、死亡者名簿にチェックが入るかもしれないからな」

 途中、友軍と出会したがその後はあっていない。輸送のトラックとも、その時に別れた。

 数日間、所在がわからない兵士に構っているほど、軍は甘くはなかった。が、死亡の確信が得られないときは、行方不明者リストにチェックが入る。それもアハッツは嫌った。


「戦車は何処にあるんですか?」

 食卓にはヘーカーとアハッツ、それに婦人が食器を洗っている。

「ガレージに」

「撃破されてなかったんですね」

 半分予想通りのヘーカー。


 その後、まぁ色々あって、近くのドイツ軍部隊に合流する事にした。

「戦車は置いとくんですね」

「口裏合わせろよ……ふふふふっ」

「わかりましたよ」

 決して犯罪ではない、決して。


 森の中を三人の負傷兵が歩く。ヘーカーは、そのまま家に残っている。二日ほどの休暇を貰ったそうだ。

 あまり、アハッツたちに突っかかってこない婦人だったが、ヘーカーが登場したことでその意味を彼等は理解した。


 この頃のドイツ軍は、西部戦線においてはバルジ作戦の失敗、東部戦線においてはソ連によるヴィスワ川からオーデル川への進撃で大敗を喫し、大きく戦力を削がれていた。もはやドイツに、両戦線で攻勢に出る力は残っていない。

 だが、防衛は出来る程の戦力はある。つまり、防衛することしかできないのだが。その上、同盟国のハンガリー方面でも不穏な動きがあった。

 しかし、今は傷を癒さねばならない。

 というより、終戦を急いだ方がいいが。ドイツ首脳部は、第一次大戦のように降伏文書にサインする事を避けた節がある。ベルリンにおいてもその状態であった。



 数キロ歩いた。検問は行われていなかった。どうやら、既に撤収したようだ。

「ふっ……街まで歩いてみるか?」

「え、傷が開いちゃいますよ」

 ブロンは不安に思っている事を悟られぬように、心配するふりをした。

「ふふん、痛いが……騙されんぞ」

 アハッツの勘は鋭い。

「絶対にバレますよ〜」

 戦車を置いてきた事で、罪に問われるのを不安に思っているようである。厳密には、戦車を民間人に修理させ、火器の類いを預けている事に問題があるのだが。



 小さな街に行き着いた。おそらく、幾つか部隊がいるだろう。

「中々、いい街ですな」

 シュライヒが言った。

 遠かったが、ここまで来れば病院もあって、傷の心配もない。初めから、こうしていれば良かった気もするが……。


 戦場では国防軍の良き友である武装親衛隊が、街に蔓延る対ナチス思想を持つ者を摘発する。ナチ式敬礼を行い、馳け廻る少年達。ドイツの勝利を信じて疑わない青年達。既に負けている事に対して客観的な大人達。行進する駐屯部隊。

 至って普通の街である。

 所々、赤色空軍の爆撃による被害が見受けられる。


「とりあえず、駐屯基地に行って、そのあとは……」

 アハッツの話を遮るように、空襲警報が鳴り響く。あたりの人々の動きが、慌ただしくなる。

 ブロンは地下壕に向かう事を勧めたが、アハッツは平然と歩いている。

 シュライヒとブロンは協力して、アハッツを地下壕に連れ去った。アハッツが足を負傷していたのと、背が小さかったのが功を奏した。


「ふふふっ。なんで、何時もこうなんだろうな……」

 地下壕にいた老人は言った、

「今はドイツ人の、みんながこんな感じなのさ」

 と。ブロン達が負傷していた為、多少の同情もしていたのだろう。


 ブロンとシュライヒは、老人の言葉に気付かされたことがあった。それは、ドイツが実質的に敗北している事だった。前線にアハッツといた彼等は、戦車長アハッツの麻薬的な命令に酔っていたのだ。

 戦車長アハッツは、IV号戦車が無事ならいいという暴論を持っていた。それに従えば、これ迄に死人は出たが、勝利している。

 とんでもない考え方だ。


 冬は過ぎ去ろうとしていた。ドイツに雪解けの季節がやってくる。鉛色の空、赤色空軍の爆撃が続く。彼等はドイツ空軍ルフトバッフェに、手厚い歓迎を受けることだろう。






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