第9話 少年

「おじさん達は……誰?」

 無邪気な少年が問うた。

「おじさん達はね! 戦車兵だ!」

 同じ位の身長の中尉が答えた。

「あれが、IV号戦車だ!」

 アハッツは、彼の数メートル後ろにあるIV号戦車を指差した。少年が眼鏡をクイッと上げて、IV号戦車を見る。


 車体にもたれかかって、タバコを吸うシュライヒが反応する。

「俺の……?」

 ブロンは気にしない。それが、いつも通りのアハッツだから。シュライヒも、実はわかっている。


「なんか、ボロっちいね」

 少年の朗らかな笑顔を見ていると、シュライヒとブロンは優しい気持ちになった。思わず、顔がほころぶ。対して、アハッツは引きつり笑いを浮かべる。

 アハッツの闘志に火がついた。それも、広範囲にわたってよく燃える高温の闘志。

「ふ、ふふふふふふふふ」

「…………」

 少年の笑顔は変わらない。

「ぬうぅぅぅ!」

 少年に、燃え移りかける。

「あ、疲れてるみたいだね! こっちに来て!」

 どうやら少年は、かなりの不燃性だ。

「…………あ、ふふっ」

 微妙な心持ちのアハッツ。まだ燃えている。



「廃車の次は、軍人さんを連れてきたの?」

 さっきまで家事をしていたらしく、忙しそうに婦人が玄関先に出てきた。

「母さん、この人達に食事を振舞ってあげて! 疲れてるみたいだから! 寝床も準備して!」

「こんにちは、御婦人」

 アハッツが、かしこまって挨拶をする。息子と殆ど変わらぬ背丈の兵士に婦人は驚いたようだ。

「こんなに小さな子が……」


「中尉のこと勘違いしてるよな?」

「そうですね」

 遠くで見ながら、からかうシュライヒ達。アハッツが睨む。確かに、アハッツの軍服は丈が長いような気もする。勘違いするのも当然だ。


「おじさん、こっちに来て! いいもの見せたげる!」

「あ、こら……」

 婦人は何かを言おうとしたようだが、少年は押しきった。

 森の中にポツンと家がある。まだ、雪がかぶっている木もあった。


 少年はアハッツを、ガレージに案内した。シャッターが開けられている。車がある。赤い車。ボンネットが開けられていた。

「ポルシェ以外なら、なんでも治せるよ!」

「これを、君が治したのか……ふっ」

「元々はこんなに、ボロっちいんだー!」

 一枚の写真を見せつける。エンジンの写真だ。素人目には、何処が壊れているのかわからないだろう。

「う、うん……」

 アハッツにもわからない。


「あ? お! じゃあ!」

 何かを閃いた。少年も、目を輝かせている。

「IV号戦車を治せるんじゃないか?」

「まさか、あのボロっちい戦車?」

 二人共、目の輝きが違う。どちらも少年の眼だ。

「ちょうど燃料が無くなりそうだったんだ、置いとくだけでもいい」

「もちろん……治してあげる」


 早速ガレージから赤い車を出し、IV号戦車を搬入した。

「よくこんなので動いてるね」

「ああ、奇跡的だろう」

「動力系は無傷だ……奇跡だね」

 シュライヒと、少年が話している。今後の修理工程などを説明しているらしい。


 一方、アハッツとブロンは飯を食べていた。

 ドイツの伝統料理でもなければ、郷土料理でもない。ドイツの料理でないこと以外には、特には気にならない。が、異国の戦地をくぐってきた彼らはドイツの味を食べたかった。

 ジャガイモを蒸したの物に、何かの肉を焼いたの物。これだけで美味しいのを疑問に思ったが、気にせずに食べた。腹を満たせるだけでいいらしい。そういう男達だ。

「遅れた! ごめん!」

 少年が扉を、勢いよく開けて登場する。すぐに食卓に着いた。

「ご飯が冷めてしまいますよー」

 婦人は落ち着いている。よく食べる婦人だ。


「婦人、近くに軍の基地はあるかな?」

「すみません、ここに来て余り経たないので」

 申し訳なさそうに、食べる。

「母さんはスイスから来たんだよ! モゴモゴ」

 ボロボロと食べ物をこぼしながら、少年は弁解した。

「確か、あと少し行けば……モゴモゴ、検問所があったよ」

「そうか、少し休んだら行こう」

 アハッツが車長らしい? ことを言う。

「どうせなら、牽引車を待てばどうです?」

「いいんだよ……ふふっ」

「機密保持の何とかやらで、捕まったりしないでくださいよ?」

 シュライヒの言葉にも、動じないアハッツ。


「動力系の修理はイケそうだよ、モゴモゴ……でも、装甲は難しいモゴモゴ」

「装甲なんて金属板を張っておけばいいさ」

「その材料すら、手に入るか……モゴモゴッ」

 喉に詰まらせたらしい。婦人が背中を叩く。ブロンも焦っている。

「ふっ、そうか……シュライヒ!」

「ゴフッ、ゲホッゲホ……はい?」

 いきなり名前を呼ばれて、むせた。

「後は任せる!」

 異様な笑顔だ。どうやら、ちょうど食べ終えたようだ。

「え……了解」

 アハッツは席を立った。

「お兄ちゃん、よろしく」

 涙目で少年が言った。


 その時、玄関のドアが開いた。アハッツより遥かに大きな人物が立っている。腹の出た、大男だ。戦車兵の2人が、臨戦態勢に入る。アハッツは見上げているだけだ。

「なんだぁ? あんたら……」

 シュライヒが目を細めて見た。ブロンは気づいた。

「ヘーカー軍曹?」

「その声は? いや、この身長…………少尉⁉︎」

「中尉だ、ヘーカー軍曹」







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