第7話 IS-2 その2

『中尉……こっちの敵は……残り4輌です……』

「あ、そう ふふっ」

『残る火砲は一門です……』

「あ、そう⁉︎ 直ぐに戻って来い」

 どの部隊も、酷い損害を受けていた。が、ソ連軍はひるむ気配が無い。

『中尉っ──そろそろっ、こっちもっ、お願いっしますっ』

 西の退路はなんとか確保しているが、どの方角もドイツ軍はボロボロである。いつ、IS-2が戻って来ても、おかしくはない。


「こっちは大丈夫か?」

「はい、中尉……!」

 元気な歩兵隊長に東は託した。

「ふふふっ」

 アハッツは笑っている。復讐の念に燃えて。この憎しみは、誰も理解する事は出来ない。ブロンは理解しようとしているが。


 路上を移動していると、大砲を引っ張っている兵士に出逢った。ハッチから頭を出して、会話する。

「何をしてるんだ?」

「中尉が命令なさったじゃありませんか……」

「ふふふ、そうだったか?」

 砲兵達には、悲壮感が滲み出ている。

「まぁいい、歩兵隊の援護を頼んだぞ」

「…………はい」


 暫く行くと、戦闘に興じる歩兵達に出会った。10人程か。

「IV号戦車を見なかったか?」

「向こうの倉庫に隠れているようです」

「何輌?」

「……1輌だったかと」

「そうか、ありがとう」

 ブロンは首を傾げた。いつもより、アハッツが優しい気がするのだ。

「新米装填手、見てこい」

「はい」


 ずいぶんと忙しい装填手だ。

 彼が戦車から出て、地面に伏せる。この間中も、ソ連兵から銃撃を受けている。

「俺がタイミングを見計らう」

 歩兵が言った。自分より新米装填手を、歳下と見たのだろう。

「一斉、撃ち方始め!」

 歩兵達が一斉射撃を行う。IV号戦車も砲撃を行う。

「敵がひるんだ! 今!」

 新米装填手は走りだした。道路一つ渡るだけで命懸けだ。


 幸運にも、地雷を踏むことなく走りきった。途中、2名の兵士と出会った。そして、倉庫に到着した。

 倉庫、と呼ばれていたが、もはや屋根は無くなっている。それに車が2、3台入るほどの大き

 さだ。

「中尉っ……じゃっ、ない!」

「はい! 中尉の命令で来ました」

 会話が成立していないようだ。

「見ての通りっ、動けないんだよっ」

「そうですか……」

 彼のIV号戦車は、履帯が切れていた。どうやって此処まで運んだのか。

 そんな事は関係ない。ソ連軍を止めなければならない。


「何かすることもないしっ」

 短機関銃を彼は手に取った。弾倉を確認する。

「戻っっていいよっ」

 カシャリと装填し、ドヤ顔を新米装填手に見せつける。少し困惑した新米。アハッツの所に戻るのを、援護してくれるのだろうか。

「わ、わかりました」

「おうっ!」


 新米と戦車長と、兵士2人は倉庫を出た。

 直後。

「ざぁっっっ」

 彼の異様な叫び声を聴いて、すぐさま3人は振り返る。どこからきたのかもわからない弾に、頸を貫かれていた。

 血が噴き出る。その場に倒れ込む。

「行こう」

「……ああ」

 新米は少しの動揺を置いて、走った。



「どうだった?」

「動けないようでした、それに……」

「死んだか……ふっ、良い奴だったがな」

 アハッツの勘の良さに新米は、不気味さを感じた。

「気にするな、行くぞ」

 装填手が乗り込むと、直ぐに発進した。

「残るは俺たちと、少数の歩兵……」

 砲兵達が忘れられている。

 この頃には、アハッツの戦力の4分の3が死傷していた。余りの激戦の為、すべての被害を確認できているわけではない。が、アハッツも、その程度は分かっていた。


 IV号はIS-2戦車がいるであろう場所に向かっている。道を行くと、ソ連兵とドイツ兵の死体が大量にある。アハッツは目を背けず、周囲を警戒している。死体に敵兵が紛れていることもあるのだ。


「前方に、敵戦車……ふふふふふ、来た」

 乗員達は直ぐに、相手がIS-2だとわかった。

「左手にある家の陰に」

「了解」

 まだ、相手からは見えない位置にいる。アハッツの視力が役に立った。

「2両か……なるべく凹地を進め」

「了解」


 右に左に、地形に沿ってIV号戦車が進む。泥だらけで、右側の追加装甲シュルツェンは完全に無くなっている。

「停止」

 いきなりの命令に、少し焦るブロン。

「微速後退……そこっ!」

 ブロンは手元が狂いそうになった。だが、上手くいった。

「シュライヒ、狙えるか?」

「あー、狙えます」

 綺麗に前面をこちらに向けている。アハッツの采配は見事だった。


 砲塔を回し、砲口を敵戦車に向ける。少しずつ、調節していく。距離と風向きを考え、弱点を撃ち抜けるように照準を合わせる。

「装填……」

「完了」

 何故か声を抑えて会話する。


「ふふふふふふ、はははははは!」

 皆がアハッツの笑い声に驚いた。引き金を思わず引いてしまうシュライヒ。

 打ち出される弾丸。響き渡る砲音。睨みつけるアハッツ。

 命中する砲弾。

「くっ、ええい! さっきと同じだ! 地形に沿って進めよ!」

「り、了解」



 おそらく、敵がいた距離ほど進んだ。敵はまだ気づいていない様子だ。

「榴弾装填」

「はい……」

 疑問に思いながら、新米は装填した。その間も、IV号戦車は進んでいる。

「黄色い屋根の家を撃て」

 ブロンが停車させようとすると、肩を蹴られた。進み続けろという事だ。

「撃て《フォイヤ》」

 砲撃とほぼ同時に、家が爆発して燃え上がる。珍しくアハッツが車内に入って、ハッチを閉めた。


「突っ込めぇぇぇ」

「ええええええええええええ⁉︎」

 困惑しまくりながら、家に突っ込んでいく。

「装填、徹甲弾!」

「……っ、か、完了!」

 炎と腐った木材のなかを突っ切り、道路に出た。

 燃えた材木が散らばる。IV号戦車が飛ぶようにして、家から出てくる。

 IV号戦車が停車すると、目の前にIS-2がいた。

 はっ、としてシュライヒは照準を合わせた。

「撃て《フォイヤ》!」



 IS-2はエンジンをやられ、炎上した。乗員が飛び出てくる。

「ドイツ野郎ぉぉぉぉぉ!」

 ロシア語がわからないアハッツ達。

 新米通信士が機関銃を撃った。ソ連戦車兵は、地面に縫い付けられたように倒れた。


 アハッツはハッチを開けて周辺を確認する。目の前にソ連のT-34戦車がいた。呆然とした。新米装填手は徹甲弾を取ろうとしたが、無い。


 T-34戦車が咆哮した。










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