第5話 村を死守するべし
4人の兵士が溜息を吐いた。
「シュライヒさんは戦車長とは、長いんですか?」
「4ヶ月程、一緒にいるな……」
それきり、新米の装填手は話す事が見つからなかったらしい。
紙をめくる音がした。
「君、本を読むのか?」
ブロンは余り、本を読んだ事がなかった。読んだ事があるものと言えば、友人から薦められたアドルフ・ヒトラー著の“我が闘争”ぐらいである。それも、3ページ目で、諦めたらしいが。
「はい、ロシア文学も中々良いもんですよ」
「お前、アカの本を読んでるのか?」
「これは、ソ連が生まれる前の作品です……共産主義とは関係ありません」
通信士は冷静に答えた。
静寂が兵士達を包み込んだ。
まだ、新兵達にはアハッツが、信用ならないようだった。なんだかんだ言っても、ブロン達はアハッツといれば生き残れる気がしていた。
ハッチが開いて、アハッツが入ってきた。
「ふぅ……ふふっ」
「どうしたんです?」
「戻ってくる時に、通った村を守れだそうだ」
次の戦いを、アハッツは示唆させた。
「っしゃぁ! ヤッタァラァァァ!」
「落ち着け、新米」
アハッツがなだめる。珍しい光景だった。
「敵中戦車5両、接近!」
「くそっ、またか……残りは何発だ?」
「徹甲弾15、榴弾4」
「歩兵隊の損害が、3割を超えました!」
悲惨な報告ばかりが舞い込む。
『増援、位置についた! 砲撃を開始する』
「わかった、そちらに引きつける」
5時間はぶっ通しで戦っている。
「3号車、そこは砲兵隊に任せてこっちに来い」
『了解』
村のそこら中に戦車と歩兵を、待ち伏せさせた。村に入ったソ連兵は、集中砲火にあい全滅していく。
「6号車、負傷者を歩兵に回収させる」
『つぁぃ!』
返事がおかしい。
「シュライヒ、当てろ」
「はい!」
「
かなりの数を撃ったため、シュライヒの命中率も上がってきた。
「当たった……他も大破!」
「やってくれたかぁ……ふふっ」
『敵は諦めたようですー』
アハッツ達も大きな損害だが、ソ連軍も同じだろう。彼等は、そう考えた。
だが、損害が同じなら、物量で上を行くソ連軍が勝つだろう。
「いや……まだ来る」
地平線に黒いものが見える。いつも、敵が来るときに見える光景。
かなり接近してきた。どれくらいの数なのか、どんな敵なのか見当がつく。
「あれは……戦車?」
「戦車……それも、よりによって
ドイツ兵には、この戦車はJS-122として伝わったが、これはIS-2という戦車だ。
「シュライヒに問題! JS-122より強い戦車は?」
「……ケーニヒスティー」
「違う、IV号戦車だ」
相変わらず無茶な思考をする。このとんでもない自信は案外、乗員達を安心させた。
「他の戦車は下がらせろ……貴様らは俺の言う事を聞け」
「勿論です」
元から、彼等はそのつもりだ。
「IV号戦車を指示通りに動かす、俺の手と足となれ」
「は、はい」
新米装填手は不安そうだが、所詮、弾を装填する事しかできない。
「歩兵は
アハッツがいつもと違う事に、ブロンは気づいた。確実な指示を出すのは変わらない。が、今日はあまり笑っていない。口角は上がっているから、気の所為かもしれない……ブロンは、そう考えるしかなかった。
「砲兵隊、位置についたか?」
『この距離なら、
8.8cm砲は、元は対空砲だったが「敵の戦車倒せないから、これ使おうよ」と誰かが言いだして、水平射撃したのが始まりだ。
「
『…………』
なんとも、抜けた砲兵だ。
「来た……戦車隊は、なるべく隠れてろ」
「戦車長、倒せる自信ないですよ」
「
「ああ、女を口説くときに言ってましたね……」
ソ連軍が、“ローマ人の鼻”と呼んだ、IS-2の正面装甲を貫く方法。それは跳弾を利用して撃ち抜くやり方だ。無論、熟練した技術が必要になる……。
「スターリンに吠え面かかせてやろうぜ!」
今度は、アハッツが噛ませ犬のようだ。
「砲兵隊、撃ち方始め!」
村の外、西と南西から砲弾が飛んでいった。ソ連兵の一部は、砲撃で
「ブロン、出せ」
IV号戦車が前進を開始する。戦いの火蓋は切って落とされた。
「
「大丈夫かい? シュライヒ君?……ふふっ」
「だっ、大丈夫です!」
アハッツは相変わらず、常にハッチから頭を出している。戦闘になっても、このままだろう。
彼には何より、感覚が大切だった。
「わかっているなら……『撃て』と言ったらそこを撃て」
「了解ぃ!」
大きな砲弾痕があった為、そこにIV号は停車した。向こうからは、砲塔しか見えない。
少しずつ、敵の車体が露わになる。この距離で被弾すれば、流石のIV号戦車でもひとたまりもない。
「狙えるか?」
「見えてきました……」
シュライヒに全てがかかっている。敵は数台いるが、まずは一台、殺らなければならない。
「見え……ました!」
「装填……
ガァン……と、甲高い音がした。分厚い防盾に跳ね返されたのだ。
「装填……しっかり狙えよ! ……
砲弾は真っ直ぐ、IS-2の首根っこに吸い込まれていった。
「…………」
「…………お、おぉぉっしゃあぁ!」
命中だった。なぜか、新米通信士がもっとも、喜んでいる。シュライヒは唖然としていた。
「移動! ブロン、出せ!」
彼等はもはや、恐怖を感じていなかった。
「こっちにだって意地はあるんだぜ……ドイツ野郎」
冷たい車内に、渋い声が響く。
「2号車、敵の右に回り込め……戦車戦なんて久し振りだぜぇ」
この頃には、粛清の影響は消え去り、歴戦の猛者達がソ連軍を引っ張っていた。
「さぁ、さぁ、楽しく
「Ура Советский Союз!」
照準手が大声で叫ぶ。
「なんて言った?」
「へ? あ〜、ソ連万歳です」
「ロシア語で喋って」
「ロシア語ですよ」
今、壮絶な戦いが始まる。
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