ヴィスワ=オーデル攻勢でIV号
第4話 ソ連式人海戦術
「とんでもない砲撃だなぁ……ふふふふっ」
ソ連軍の攻勢が開始された。
先に行われた西部戦線のバルジ作戦。これに参加したアハッツは生き残り、この東部戦線の戦闘にも参加することになった。どうやらドイツ奥地に迄、逃げてきた所為らしい。実際には、この時もバルジの戦闘は行われている。
戦術の運用上、必然的に攻撃前、もしくは攻撃された場合は必ずと言っていいほど、砲撃を行うのが軍事上の常識になっている(と、思うよ)。
今のアハッツがその砲撃を受ける立場である。
「うおおおぉぉぉぉぉ!」
「五月蝿いぞ、ブロン!」
ソ連軍からの砲撃で、車体が揺れる。時々、
「ダメだな……中隊、退くぞ」
『了解』
『りょ、了解』
『わっかぁりましたぁ!』
『了解です、中隊長』
バルジ作戦で生き残った部隊は未だ、補充を待っていたはずだった。が、なぜかアハッツはそのまま戦地に行く羽目になった。それに、ブロン達も気付かぬ隙に中尉になっていた。さらに
ヘーカー軍曹と、ヴァイゲル上等兵は別の車輌に移動となった。
「歩兵隊、すまないが戦車隊は退かせてもらう」
「え? なんて言った?」
両者ともに声を張り上げているが、砲弾の弾着、炸裂音で聴こえない。
「撤退する」
「え?」
「撤退!」
「もう一度頼む!」
「撤っ退ぃっ!!」
「聴き取れない!」
こんな事をしているうちにも、損害は増えた。
「ブロンッ! そこの紙を取れ!」
一切れの紙を手渡すと、アハッツ中尉は何かを書いて、歩兵に投げた。ヒラヒラと舞い落ちる紙切れを歩兵が追う。それを掴み取って、目を通すと、その兵士は短く敬礼し塹壕に戻っていった。
「よぉぉし、ブロン! 退くぞ」
ブロンは操縦手になっていた。シュライヒが砲手である。他は新任の兵士達だった。
「新人ども、IV号戦車を傷つけたら承知しないぞ……ふふふふふ」
でなんとかアハッツ達は窮地を脱した。
「各小隊長、損害を報告せよ」
『第1小隊、3両大破』
『第2小隊、我々以外は全滅』
『第3小隊ぃ、1両行動不能ぅ』
『…………』
「第4小隊、応答せよ」
『…………』
『第4っ小隊は全滅ですっ』
「了解」
『第5小隊、隊長車含む4両行動不能』
「おうおう……壊滅的だねぇ、ふふっ」
アハッツ中尉はハッチを開けて、前線を観察した。
砲車が吹き飛び、人や戦車がロケット砲によって薙ぎ倒され、死体が何度も空中に舞う。反撃しようにも砲撃が凄まじく、それどころではないようだ。砲撃にあっている場所の空が真っ黒になっていた。
小さな覗き窓から、戦車兵達はその惨状を見た。まさに、地獄。先程まで自分達がいた場所が、仲間達が、地形が変わりそうなほどの砲撃に晒されている。
「戦車長、せめて支援砲撃を……」
「届かねぇよ」
新兵の1人が言った。彼は装填手だった。
「なんでウチの装填手はいつも悲観的なんだよ、全く……ふっ」
いや、あんたがおかしいんだろ、と思うブロン上等兵。
新兵の中には今にも逃げ出しそうな者もいた。全員が張り詰めた空気に包まれている。何か起こればすぐにぷつりと切れてしまいそうな。
その糸にナイフを擦り付けているのが、我らがアハッツ中尉だ。
戦車隊は一列横隊で、正面に火力を集中できる体勢である。
「さて、ここからどうするか……」
アハッツは車内に入り、次の戦闘の事について考えていた。
『中隊長、後方から味方の部隊が接近中』
アハッツはハッチを開けて外に出て、戦車を降りた。隊列の先頭の兵士に話し掛ける。兵士はアハッツの背の低さに驚いたようだが、慣れっこのようで、気にしない。
「よぉよぉ君達、今からアレに行くのかい?」
「ああ、勿論」
ヘルメットにキリル文字で SS と書かれた兵士は堂々と言った。
「味方が助けを求めているのだ、ドイツに忠誠を誓った者として見捨てる事は出来るはずがないサ!」
そう言うと、兵士立ちは黒煙に向かって歩を進めていった。
「ふっ……ばかな奴らだ」
数時間経った。
「ん? 終わったか?……」
砲撃は明らかに始めより少ない。
「ふふっ……これからか!」
アハッツの予想通り、ソ連軍の総攻撃が開始された。
戦車、機械化された歩兵が押し寄せる。
「
ソ連軍が、既に満身創痍のドイツ軍前線を破るのは造作もない事だった。
「全車、撃ち方用意」
間も無くして、ドイツ兵がチラホラと逃亡してきた。次第にその数が増え、遂にはアハッツ達の目の前の部隊は大潰乱を起こした。
「はははははは、奴等逃げてきやがった! いいだろう、仇討ちと
ソ連軍も追撃する。
逃走するドイツ兵をソ連戦車は撃った。撃てば当たり、辺りは真っ赤に染まった。
「撃ち方始め!!」
9両のIV号戦車が撃った。だが、焼け石に水。
「あー、駄目だな……ふふっ……撤退!」
彼ら戦車隊は殿はおろか、最終的に撤退していた部隊の先頭にまで来た。
灰色の土地、ポーランド。通り道国家と揶揄されるこの国は、第二次世界大戦開戦の地でもある。またもやドイツ軍は、勝利の地を敗北の血で染める事になる。
「各車、まだ撃つなよ」
アハッツの双眼鏡には十数両のソ連戦車が映っていた。
暗闇の中、いくら戦車とはいえ藪の中は隠蔽効果が期待できた。
「先頭車両を狙え……撃ち方始め」
ソ連軍のT-34は車体右側に大きな穴を開けられ、沈黙した。上に乗っていた
すぐ後ろを来ていた車両が追突する。他も似たような形になった。
「次、最後尾……撃ち方始め」
ソ連兵達は挟撃されていることに気付いたらしい。最後尾の車両が爆発、停止した。後は詰まって動けない間の十両を撃ちまくるだけだ。
「うおっ、アカめぇ! ザマァねぇぜ! ふはははははははは……おっと、失礼」
アハッツは正気を取り戻す。
「こいつらは前線を突き抜けてきた、後方攪乱の部隊って訳か……なら、この辺りにもっといるんじゃないのか?」
IV号戦車の通信士は機関銃手も兼ねている。通信士達は機関銃で敵兵を薙ぎはらう。
数分で敵部隊は全滅した。
しかし、その直後。
『東に発砲炎!』
アハッツは東を見る。
「あれは……スターリンオルゲル!」
この距離でも、オルガンのような音が聞こえる。
ソ連兵からは愛され、ドイツ兵からは畏怖された兵器。ロケット砲 カチューシャ。カチューシャは正式名称ではなく、ソ連兵達の間で流行していた民謡から来たものだ。
「車内に避難! 全車、西へ逃げろ!」
「急げ、IV号戦車を傷付けるつもりか?」
「わかってま……あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
弾着が始まった。軽いパニックのブロン上等兵。
「ふふふふふ、全員祈ってろ」
爆発は凄まじく、戦車がひっくり返るかと思われるほどだった。
「このまま、逃げ切るぞ」
『り、了解です』
『了解』
『わぁかっだぁぁぁぁぁ』
『中隊長ーーーーッ‼︎ あいっ!』
「こいつらの返事、大丈夫か?」
いやいや、アハッツお前も大丈夫か? 果たしてこいつら、生き残れるのか⁈
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