第3話 腹の底
既に退路は遮断され、燃料も、弾薬も底をつきそうになっている。
唯一、天候だけがドイツ軍の味方をしてくれている。
やはり、
彼等に与えられた命令は「その場に待機」という、あくまで攻撃の意思を残すものだった。
「死守」とすれば攻撃の意思が無いように感じる。が、おそらく彼等は文字通り、「死守」するだろう。
「撤退」としても、おそらく悪い判断では無い。いわゆる、戦力の温存である。
今のドイツにはこれだけの戦力を失っても有り余る程の余力は存在しない。東部戦線におけるソ連の戦術はドイツ軍を苦しめた。
ソ連軍はどれだけの血を流そうと進んできたのだ。そして、次の戦いになるとそれだけの損害など無かったかのようにそこら中の大地をソ連兵が埋め尽くした。
ドイツ軍は西武戦線は早期に決着をつけようとした。そのための この作戦だが、成功の道がどんどん
この日も連合国軍からの攻撃は続いている。爆撃が無いのと、戦車が揃っているのが救いだ。
「こ、このままだと……俺達、全滅……」
ブロンは自らの状況をしっかりと認識しているようだ。
「IV号戦車があるから大丈夫、つまり……黙れブロン」
アハッツは相変わらずである。
「あんた、おかしいよ」
シュライヒの反応は当然である。
「シュライヒ……いたんだな……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう」
と、シュライヒ。
「ヴァイゲル、昼飯の角度で」
「わかっています」
昼飯の角度、とは簡単に言うと車体を敵に対して斜めに位置させることだ。
IV号戦車はほとんど傾斜装甲ではない。だが、車体を敵に対して斜めにすると傾斜装甲と同じ効果が得られる。これにより、防御力を上げるということだ。
「珍しくシャーマンが来やがった……装填」
「完了」
「
途端、シャーマンから爆炎が上がる。相も変わらず命中率は高い。
戦闘はおさまった。
兵士は休み、士官は次への一手を考える。
「アハッツ、小隊を率いて偵察に出ろ」
「わかりました」
中隊長は見下ろす様にアハッツ少尉に言った。
自分の戦車に戻ったアハッツ少尉は、自分の小隊の車長達を呼んだ。いわゆる野戦会議だ。
アハッツのIV号戦車の後ろに、起立した状態である。地図を見ながら、指示を出す。周りは敵の
「北にの様子を確認する、ここまでは敵だらけだが、それを抜ければ……」
アハッツが各車長に説明する。
ブロン一等兵は、IV号戦車の車内に貼ってある写真を眺めていた。
兵士にとっては写真も、ただの写真ではない。故郷に残してきた家族、恋人の写真、それに紛れて地図なども空いたスペースには貼ってある。
もちろん、アハッツ少尉はIV号戦車の写真を貼っているだろう、とブロン一等兵は思った。
だがそこには、小さな漁船と婦人の写真が貼ってある。
考えようとしたが、ちょうどアハッツ少尉が車内に帰ってきた。
この際、聞いた方が早いとブロンは考えて質問した。
「あの戦車長、一つ質問が……」
「ヴァイゲル、出せ」
「了解」
アハッツの小隊、5両は偵察へ出発した。
「…………さて、どうしたものか」
「西から、敵部隊が迫っている……まずいな」
「報告しますか?」
「もちろん……ふふっ」
『小隊長殿、どうしました?』
「貴様らは先に戻ってろ、もう少し見て回る」
『了解、不肖この私が一時的に、指揮をとらせていただきます』
ブロンは振り返り、
「エンジン始動、
既に、出発して2時間程が経つ。
「小隊長、そろそろ引き返さないと……」
ヴァイゲルは言った。燃料に余裕が無くなってきた。それを聞くと、アハッツ少尉は地図を見た。
「……大丈夫だ、指示した通りに行動しろ」
数分後、またヴァイゲルは言った。IV号を停止させて。
「小隊長、戻らないと燃料が持ちませんよ」
「降ろすぞ、言うことを聞け」
常に外を見て、ヴァイゲルの顔を見ようとはしないアハッツ。雪と寒波で顔は赤らんでいる。
「何をするつもりなんです?」
「お前らは生き残りたいだろ?」
ブロンははっとした。アハッツの考えが分かったらしい。
「逃げるつもりですね」
「そうだが、なんだ」
図星だったようだ。
「仲間を置いていくんですか?……裏切りですよ」
ブロンは冷や汗をかいていた。汗などでるはずはない。寒いからだ。
なにか、大きな歪みに足を踏み入れた気がしていた。
「別に裏切るつもりはないよ、俺は生き残るために精一杯のことをしたいだけだ」
「違いますね……貴方はIV号戦車と長くいたいだけだ」
「ふふっ、上官に対する物言いか?」
これも図星のようだ。
「ふふふ、無駄話はここまでだ、敵が来た」
ブロンの
「左40度、これは逃げ切れるな……エンジン始動、動くぞ」
「……了解」
ヴァイゲルは渋々、従うしかなかった。
ブロンはハッチを開けて外に身を乗り出す。が、吹雪でほとんど見えない。虚言を疑った。
「小隊長……なにを言って……」
呆れ半分に言う。
「俺の視力はな、4.0なんだよ」
「は⁉︎」
「えっ」
「は?」
「あ?」
全員の反応が一致するのは、当然。
「停止……砲塔旋回、左34° 仰角6° 徹甲弾、
装填……撃て《フォイア》」
次々にでる指示に、急いで一同は従う。
射撃後、ブロンはすぐに外を見た。刹那、爆発の光が見えた。驚くべきことに、見事、命中した。
「兎に角、俺に従っていればいい」
「……了解」
この4日後、アルデンヌの空は雲が薄れていた。連合国軍の反撃が開始される。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます