第2話 重戦車よりカッコいい?

「ったく、重戦車ばっかり見やがって」

「だって、かっこいいじゃないですか……ティーガーIIケーニヒスティーガー……」

 雪すさぶアルデンヌ。低気圧によってドイツ軍は作戦を開始した。無線封鎖は解かれ、多くの戦車が過去の栄光にすがりつくが如く、この作戦を成功させようと前進している。


 悪天候により、連合国軍得意の爆撃が出来ない。この隙に戦車部隊はアルデンヌ地方の連合国軍を攻撃した。

「あんなデカブツの何処がいいんだよ」

「あの重装甲、強力な主砲、それにあのフォルム」

「IV号戦車のがいいだろ、馬鹿め」

 少しキレ気味の戦車長アハッツ


「あんなの重くて遅くて、絶対乗り心地悪いだろう」

「IV号戦車には無い、装甲を持ってますよ」

追加装甲シュルツェン付いたし、前面にも追加装甲したし……」


 追加装甲シュルツェンは後にHEATヒート弾(成形炸薬を用いた砲弾、または弾頭)に対して効果があるとわかることになる。

「でも、あんなに重かったら我が軍得意の電撃戦には耐えられんだろ」

「え?」

「ティーガーIIは重戦車だし絶対に足回りへの負荷がでかいだろ」

「た、たしかにそうですけど……」


 吹雪の中をIV号戦車はティーガーIIをぐんぐん追い越して前線に向かう。

『そこのIV号、何をしている』

 無線からティーガーII部隊の隊長の声が聞こえた。


「ん? ああ、ちょっと出発に手間取ってしまって……ふふっ」

 本当は出発前に戦車長アハッツが雪原迷彩のIV号戦車を愛でていたせいなのだが。

『先陣のはずだろう、それに君は……隊長車だろ、急ぎたまえ』

「了解」


「小隊長のせいですよ」

「黙れブロン」

 森林の中を戦車隊が進む。



 アハッツのIV号戦車がようやく前線部隊に追いついた。

『遅いですよ、小隊長殿』

「お前がしっかりしているからな、任せておけるんだよ」

『敵の抵抗は微弱です、こちらの損害は軽微です』

 思いきり無視されるアハッツ。


 IV号戦車の小隊。5両からできている。この小隊が所属する中隊は全てIV号だがこの右側を進む中隊は全てパンサー戦車だ。


 雪を散らしながら戦車隊が前進する。ここまでくると、いつ敵が出てきてもおかしくない。



 しばらく経った。

 戦車隊の先陣、つまりこの部隊は森を抜けた。

 アハッツは次第ににやけてきた。只でさえIV号戦車が好きな彼がその戦車に乗っている。さらにさらに、周りをそのIV号戦車で囲まれている。


「ふふふふふふ、ふふっ」

「どうしたんですか?」

「いや、なんでも……ふっ」

 ハッチからアハッツと装塡手ブロンと操縦手のヴァイゲルも顔を出している。雪風が顔に当たり、戦車内にも入ってくる。


 アハッツが何かに気づいた。

「砲塔を10時方向にむけろ……ふふっ」

「了解」

 砲手、ヘーカーが砲塔旋回ハンドルを回す。電動もあるのだが、平地では手動のほうが早いと言われる。


「2号車、10時方向に何か見えるか」

『いいえ、何も……』

 その10時方向には周りと同様、雪が降り積もっている。周りよりも高い。丘になっている。まさしく雪原。

「榴弾装塡」

「えっ、撃つんですか?」

「かのエルヴィン・ロンメル元帥曰く、『怪しい所には、砲弾を撃ち込め』だぞ、ふふっ」

「了解……」

撃てフォイア


 数十両の中でこの戦車のみが砲撃した。

『アハッツ少尉! なにをしている!』

「中隊長、10時方向です」

 砲弾が着弾している。榴弾の爆発で雪が吹き飛んだ。隠れていた敵兵が露わになった。

『なんだ……敵?!』

「……機銃、撃ち方始め」

 アハッツの小隊は射撃を開始した。


 すると、丘の方からも撃ってきた。

『10時方向の丘! 全車、機銃! 撃ち方始め!』

 この中隊の殆ど全車が撃った。随伴している歩兵も射撃位置につく。

 操縦手ヴァイゲルと、装塡手ブロンが車内に入る。


 敵はひとたまりもなかった。ここで防衛していたのは、僅か53名の歩兵だった。この部隊は新兵ばかりだった。


 この部隊の隊長はすぐに撤退を指示した。アメリカ軍は戦えない時は逃げた。これは無駄に全滅するより後の反撃に向けて戦力を温存する為でもある。


 撤退とは言っても簡単にはいかなかった。なにより、戦力差が凄まじかった。

 ただ、アメリカ軍は逃げ切れない場合は投降すること選んだ。


 進撃は滞りなく行われている。ただ、ティーガーIIの速度が遅いためそれに合わせる様に速度を緩めている。

 ティーガーIIは約70tの巨体だ。それを700馬力のエンジンで、引っ張る。



 2日目には敵の大部隊の後背に出た。

「どうするんです? 中隊長」

『師団長命令では “前進せよ” とのことだ』

「前進か……ふふっ……」

 この部隊はとにかく進んだ。せっかく敵を駆逐できるチャンスを逃したのだ。

 アハッツがいる部隊の誰もが思った。背後から攻撃されるのでは、と。


 3日目になると問題が顕著に出てきた。ティーガーIIが遅い。これまで、この地方では数多くの戦いが行われてきた。その砲弾痕などが道路を悪路に変えていた。

 さらに、各地の橋をアメリカ軍は必死に落としていた。橋を落とせば少しではあるが戦車隊の進撃速度を遅くできる。ましてやティーガーIIは約70tであり、渡れる橋も限られる。


 これはドイツ軍の自業自得でもあった。かつてこの地を敗走したドイツ軍は敵部隊の進撃速度を遅くするべく橋を落とした。


 未明には何とか確保しようとした連合国軍の燃料集積所も敵の妨害にあい、結局燃料の確保が出来なかった。



 正午ごろになった。

「橋ですよ、小隊長」

「そうだな……あ、敵」

 敵の工兵がせっせと橋の爆破を準備していた。

『全車急げ! 全速前進!』

 この橋を確保できなければ、ティーガーIIの進める道は無くなる。IV号戦車の部隊は急いだ。



「敵ですよ、軍曹!……大部隊です!」

「わかってるわよ! 爆破の準備急ぎなさい!」

 爆薬を設置し、すぐにその場から離れる。不思議とドイツ軍は撃ってこない。

 爆薬に誘爆しないようにしているのだ。


 この米兵達は必死で起爆の準備を整えた。早く起爆しなければ、敵に橋を渡られ味方が危機に瀕する。起爆できても、川を無理やり渡った敵兵に追撃されるかもしれない。

 どちらにしろ、急がなければならない。


 橋から離れ、導火線に火を入れる。電気式の物でほとんどタイムラグはなく、すぐに爆発した。



「あーあ、橋が落ちちゃったよ……」

 アハッツ少尉の言動は、どのような状況でもどこか楽観的に聴こえる。

「どうするんですか、橋も無くなって……進めないですよ」

 落ち込むブロン。なにより、戦車の主砲を活かせなかったのが悔しいようだった。


「ふっ、中隊長……これからどうします?」

 アハッツは問うた。

『それは、私の指揮範囲ではない……一部残して本隊に合流』

 頼りない声が無線から聞こえた。


 この時、恐れていた事態が起きていた。すでに通過した地点に米軍が進出してきたのだ。アハッツが所属する部隊の退路が遮断された。


 自らの運命を、自らで決めるのは難しい。案外、彼等のように自分ではどうすることもできない事が多い。

 時として、その運命に人は抗おうとする。

 だが、アハッツ少尉はIV号戦車に乗れるならどんな運命であろうと受け入れるだろう。


























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