Avenger:1/『歯車』

「今日は雨か」


 雨の音を傘越しに聞きながら拍はそれこそ雨のように呟いた。

 いつも通る通学路を何事もなく進んでいく。

 でも拍の心は雨のように泣いているのではなく晴れ晴れとした快晴の気分だった。


「意識を集中すると俺の体からじゃありえない程の力が出る…」


 毎日このことばかりを考えて過ごしていた拍は嬉しそうに言い、手を握ったり離したりし、感覚を確かめる。

 この力が何なのか分からないが自分に与えられたものだと拍は考えていた。

 神など全く信じない拍が今回の件である意味神様というものを信じかける程に都合のいい力が都合のいいタイミングで手に入ったのだ。

 

 夕方の屋上、ある女性教師に呼び出され愛の告白をされた。

 だがそれは男を食い荒らす女性の罠、特殊な催眠術のようなもので男を傀儡にしてしまう彼女の技は脅威そのものだった。

 だが拍は自力でその洗脳を打ち払い撃退した。

 その時に天啓のようにこの力が発動した。

 ありえないパワーで女性を吹き飛ばし、ありえない腕力で放り投げた。

 その女性は無残な姿を晒し、そしてされた。


「あれから色々と試したがやはり本物だった」


 拍はその後、色々な実験を試みた。

 自身の力を限界を知るために。

 岩を砕き、木を薙ぎ倒し、車を持ち上げた。

 でもやはりこの力には限度があるらしく、砕ける岩は自分の大きさと同じぐらいのもの。

 薙ぎ倒せる木は大木一歩手前。

 持ち上げられるものはおおよそ自分の十倍程度。

 車はかなり無理をして持ち上げるのがやっと、それに持って数秒だった。

 

「でもこれだけでも人間からすれば———」


 常軌を逸している。

 拍は自身の力に歓喜した。

 特別になれたのだ。

 己惚れるなというのが無理な話である。

 誰しも特別になりたいもの。

 そしてこの力は自身にとっては好都合な力だった。

 正義の味方を決して許さない。

 この力は正義の味方にとっての武器になったのだ。


「ねぇねぇ、君可愛いね!よければこの後俺たちと遊ばない?」

「え…いや…あの…」

「ほらー。学校とかサボっちゃってさ!俺たちと一緒にいようぜ!その方が絶対楽しいって!」

「退屈させないからさー!もう俺たちフレンドでラブラブな感じじゃんさ!」


 そして拍がこの武器を使うタイミングは良くやってくる。


「すみません!私急いでるんで!」

「おいおい、逃がすわけねーじゃん」

「きゃっ…」


 男三人組が嫌がる高校生の女の子を取り囲んで言い寄っていた。

 拍はその光景を見逃さない。

 普通の人なら関わらないように距離をとり、耳を塞ぎ、目を閉じるだろう。

 だが拍は距離を詰め、耳を傾け、目を見開いた。

 

「おい」

「あ?」

「何お前?」

「じゃん?」

「え?」


 拍が三人の目の前まで近づき、彼女を庇う様に立った。

 男三人組からは三者三様の反応が返ってくる。


「何だよおめー」

「女の子にかっこいい所見せよー的な?」

「マジ笑えるじゃん!」


 拍は彼らに目を向けた後はぁ…とため息をついた。

 そのまま何も言わずに男三人組に近寄っていく。


「何やんの?」

「てかどっかで見たことあると思ったら『番犬シロ』じゃね?」

「ん?シロ?あー!思い出したじゃん!激弱のシロ!弱いくせに出しゃばってくるやつじゃん!」


 三人組は思い出し嬉しそうに笑う。

 目の前の番犬シロは取るに足らないものだと認識したのだ。


「雑魚が調子乗って出しゃばってくんじゃねえ……ごふぅっ!」

「あんちゃん!?」

「兄貴ー!」


 十メートル位だろうか?

 雨の中、傘で殴られた三人組の一人は約数メートル後方へ吹き飛ばされた。

 拍はそのまま流れるように一回転し変形した傘で左右にいる男二人もほぼ同時に弾き飛ばした。


「え…?」

「あー、傘が使い物にならなくなった。濡れたまま学校に行くか」


 彼女は何が起きたのかわからずそのまま呆然と立ち尽くしていた。

 拍は彼女を一瞥すると何事もなかったかのように歩き出し、その場から立ち去った。


「あ…お礼言い忘れちゃった…。名前は確かシロ君だっけ…。シロ君…」


 彼女はそのまま、シロ君と何度か呟いた後、うん!と頷いて走って行った。

 その場には雨に濡れた地面に蹲る三人の男たちだけが残されたのだった。



                *



「なんだシロ!犬みたいにずぶ濡れじゃないか!なんともスペクタクルな格好だな!」

「誰がシロだ。たくっ…こっちは傘がつぶれてビショビショだよ。あと犬って言うな。なんか拭くもの持ってないか?リベス」

「なんだまたファインティングして来たのか?なんか最近多いなー程々にしておけよ?そらタオルだ」

「サンキューお前は毎度準備が良くて助かるよ。後程々も何も俺が出なくちゃいけなくなるこの世界が悪い」

「世界が悪いと来たか!これは正にワンダフルだな!あとな雨のたびに毎度傘壊してくる友達がいればどんな奴でも自ずと準備万端になるってもんだ」

「む…。それは何だ。すまなかった」

「せいぜい俺に感謝の気持ちを向けろ~?お前俺がいなくなったら何もできなくなるんだからよ!」

「そんなことは…「よーし全員席につけー!」おっと時間だな」

「オーケー。また後でな」


 学校についてから拍はリベスと他愛もない会話をしていると気づかぬうちに授業の時間になっていたらしく、先生が入ってきた。


「席についたなー。よし、授業を始める前に欠席者はいるか?隣がいないやつ先生に知らせろー」

「せんせーハルト君がいませーん」

「ハルトが?分かった。他にはいるかー?いないなー授業を始めるぞー」


 先生は欠席者だけの確認をすますとそのまま授業を開始した。

 拍は欠席者、ハルト・ルーズの席を一瞥すると授業に集中した。



               *



「よし!今日はここまでだ!礼はいらん!このまま解散だ」


 本日最後の授業を終えると生徒たちは授業の感想などを仲がいい者同士たちで話し合っていた。

 ここ、拍がいるクラスはトップクラスのSクラスだ。

 今日のテレビだのゲームだのの話をしている生徒のほうが断然に少ない。

 そんな中、拍は誰とも話す気は無く、そのまま帰路に立とうとしていた。


「シロ!一緒に帰ろうぜ!」

「断る。俺はシロじゃないからな」

「おいおい、そう怒るなよ」


 リベスは拍の後を追いかけてそのまま横並びに歩き出した。

 拍はため息をつきながらも別に邪険にする事もなく一緒のスピードで歩みを進める。


「お前知ってるか?」

「なんだ突然に」


 するとリベスはふと思い出したかのように拍に向けて話を振った。


「なんか最近家出ブームらしいぜ?」

「家出?」

「そうなんだよ。まあデンジャーな話じゃなく。家出する奴が何となしに増えてるんだってよ。でも大体は家に帰ってくる。だからまだそこまで噂になってないんだけどさ」

「それを俺に話してどうするんだ?」

「話題提供じゃねぇか!そんな興味が全く無いような言いかたされたら話しようがないじゃねえかよ」

「興味は全くないな。帰ってくる家出なんて家出ですらねえよ。それにほら校門だお迎えが来てるぜ?リベス坊ちゃま」


 話しながら学校を歩いていた二人は気づかぬうちに校門までたどり着いていた。

 いつの間にか雨も上がっていたらしく空に綺麗な虹がかかっている。

 そして虹のかかるそ校門の前には似つかない黒いリムジンと黒服の60半ばほどの男性が立ってお辞儀をしていた。


「いつもの意趣返しのつもりかよ。てか迎えに来なくていいって言ってるだろロス!」

「そう言う訳にも行きませぬので。さ、お乗りくださいませ


 ロスと呼ばれた男性はそのままリベスの足元にレッドカーペットを引くと車のほうを手で指し示す。

 それを合図のように車の扉が一人でに開いてリベスの乗車を促した。


「俺はこの国じゃ王子じゃないからその呼び方もやめろと言ってるだろ。それに毎度毎度こんな大事を取りやがって…。俺はノーマルな登下校がしたいんだが?」

「我儘を言われても通りませぬ。貴方がここに通学されてること自体が一番の我儘だという事を忘れてはいませんな?」

「すぐこれだよ…」

「まあ仕方ないだろうさ。ロスさんの言ってることももっともだし。さて・・・という事でここまでだな。また明日だリベス」

「拍様も毎日ご乗車されて構いませぬぞ?貴方は王子の唯一の友達ですし、最大の恩人なのですから」

「遠慮しときますロスさん。俺は歩くのも好きなんで」

「そうでございますか…」

「ロス。何度言っても無駄だ。こいつはこの後にヒーロータイムがあるからな」

「うるさいぞ。とっとと帰れエセ王子」

「俺をそんな風に言うのはお前ぐらいのもんだよ。グッバイマイフレンド」


 リベスはそのまま乗車すると最後に俺に手を振って扉をロスに閉めさせた。

 ロスはこちらに一礼すると運転席に乗り、リベスを乗せたリムジンはそのまま走り去っていった。

 拍はふぅっと一息つくとそのまま校門を抜け家に向かって歩き出した。

 拍の家は学校から少し離れたところにある。

 言っても歩いていけない距離ではないので拍は健康も兼ねて歩いて登下校していた。

 そんな見慣れた街並みを歩いているとふと商店街の路地裏に目が行った。

 そこにはなにかと怪しげな『占い』と書かれた紫色の小さなテントが張ってあった。

 あまりにも異質で誰でも目が行くようなものだが、だが気づいているのは拍だけのようである。

 拍はなぜか吸い寄せられるようにそのテントの入り口を跨いだのだった。


『いらっしゃい』


 そこにはフードを目深くかぶった女性が水晶の前に座っていた。

 声だけ聴くと若めで綺麗な女性を印象付けるものだった。

 そのいかにもな見た目、状況に拍は訝しく思いながらもそのまま水晶の前に座った。


『面白い客だね。なんとも新しい存在だ』

「新しい?」


 透き通るような籠るような占い師の声に拍は奇妙な感覚を味わいながらも占い師の言葉を聞き返した。


『こんなにも歯車が外れた存在も初めて見たよ』

「歯車?」

『お前さんは今ならどうにでも転ぶ存在という事だよ。歯車から外れているお前はどこの歯車にも噛み合ってしまう。どちら側に行くにしてもお前さんの前には沢山の回っている歯車がある。それの一つを完璧に外してお前はその歯車に成り替わるわけさ。なんとも皮肉な人生だね。同情するよ』

「いきなり同情されても困るし。いったい何を言っているのかが俺にはわかりかねる」


 拍は座った椅子から立ち上がるとそのまま踵を返した。


『そのうち分かるさね。それとくれぐれも忘れるでないぞ。お前さんは何かに成ろうとすれば何かを消してしまう存在だという事を———』


 占い師の言葉を背中に受けながら拍はそのテントから出て行った。


『お前さんは一体何に生るのかね?』


 誰もいないテントに女性の声だけが響き渡った。



 拍は気づいたら路地裏を見つけた場所に立ち尽くしていた。

 ずっとそうしていた気がする。

 だけど記憶では自分は占い師のテントの中に入ったのだという事実が脳裏を過る。

 不安になり拍は先ほどまでいた路地裏を見返そうと振り返り周りを見渡すが、路地裏すら見つからなかった。

 意識せずに入ってしまい意識せずに座ってしまった、あの占い師のテントは幻覚だったかのように忽然と消えてしまっていたのだ。

 

「何だよ一体…俺が歯車だって?馬鹿馬鹿しい占い師特有のそれっぽい事を言ってるってやつだろう気にすることはない」


 拍は不安を振り払おうと、そう考えながら帰宅したがその一日ずっとそのというフレーズが頭から離れることはなかった。

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