Avenger:0/『正義の味方』
「人間は水60%、無機物が約6%、例えるならばカルシウムとかだね。そして脂肪が15%から30%、タンパク質が16%から18%出来ている。まあおおよそだが」
と身長の高い女性がホワイトボードに記号やら何やらを書き連ねて熱弁していた。
学校と言うこの場所で教鞭を振るっている彼女が教師であることは一目瞭然で、長机に教科書やノートを広げ、一心不乱に文字をノートに書き連ねているのが生徒なのは誰が語ることもない常識だ。
その学校の一室で異質な空間に成りつつあるのが彼、
Sクラスと言う名前だけで想像できてしまうのだがこのクラスの生徒はほぼトップランクのクラスだ。
そのクラスの教師は個性的な先生が多く、狛の目の前で熱弁しているこの女性の教師も類に漏れず面白い性格をしている。
「私は断言したい!人間と言うものは多細胞から成り立っているものだが!それは肉体を象るものであって、人間と言う存在が確立しているわけではないのだと!象った物に魂!そう!精神が宿る事により始めて人間を象った者になるのだと私は思うのだよ!」
彼女の独白は続く。
拍はその事はノートに写さずただただ耳を傾けているだけだった。
面白い話だとは思う、だが別にテストに出る訳でもなくノートに写したからといって見返すほどの内容でもない為。
今、この瞬間を楽しむために彼は耳を傾けていた。
そんな自分の話を目を見て聞いてくれている拍に女性の教師は気を良くしていたのだろう。
更にヒートアップしていく、なんというか完全に興奮状態と言った感じだ。
これが彼女の面白いと言われる所以である。
(相も変わらず話は面白いのに、この顔であれだけ紅潮し興奮されたら健全な高校生男児は耳に入ってこないよね)
20歳で見た目も美人な彼女は学校でもトップクラスの人気を誇る教師だ(男子投票により)。
そんな彼女をものにしようと色々な男がすり寄っているようだが全て玉砕に終わっている。
まあそれはその筈である。
彼女にはもう意中の相手がいるのだから。
射止めることができる訳もないのである、それでも人を寄せ付けてしまう彼女にはそれほどの魅力と言うものがあるのだろう。
(まあ基本俺には関係のない話なんだけど…そうも言ってらんないんだよね)
拍は彼女の話を聞きながら聞こえないように溜息を吐く。
考え事をしながらでも面白い話ではあったため気づいたら予鈴が鳴っていた。
彼女は軽く深呼吸をした後にまだ興奮気味に言った。
「ふぅ、時間になってしまったな。少し残念だが今回は此処までにしよう。ノートを取っているものはそのまま勉学に励むように。そうでないものはその自信を次のテストで楽しみにしていよう!では起立!礼!」
『ありがとうございましたー!』
彼女はそそくさと立ち去り教室から出て行った。
「さて、これで放課後か」
拍は席を立ちあがると帰り支度をはじめる、そんなところに一人の男から声がかかった。
「おいーシロー。何直ぐ帰ろうとしてんだよ!俺たちの放課後はこれからじゃねぇか!」
「黙れ、誰がシロだ」
「ん?だって東洋人は自分の番犬にそういう名前を付けるんだろう?お前にぴったりじゃないか!」
「俺の母国で本当にシロなんて名前つけてるのは春日部の仲良し家族だけだし。俺は番犬なんかじゃねえ」
「いやいやお前は番犬だろうよ。自分の縄張りに入ってきたものをなんであろうと攻撃するお前は番犬でなくてなんなんだ?狂犬か?」
「犬から離れろよ…。悪いが今日も付き合えないぜ。リべス」
リべスははぁ、と手を上にあげながら溜息を吐いて踵を返した。
「はいはい。今日も番犬…もとい正義のヒーローのお時間なわけだ。今回は病院送りにされるなよ?強くねーのに無茶をするんだからなお前は」
「うるさい、俺は俺が決めた事をするだけだ」
「ワァーオ!エクセレント!こんなに自分に真っ直ぐな奴も珍しいよな。だけどさそういうの今時はやんねーぜ?」
「余所は余所、俺は俺だ。じゃあなリべス」
「はいはい、グッバイマイフレンド」
そのまま拍は教室を後にした。
他愛もない会話を交わしつつ他の生徒ともすれ違って行く。
二年の学年は二階にあるため帰宅するには階段を下らないといけないが拍は逆に階段を上がっていった。
そのまま最上階、屋上まで上がるとゆっくりとドアを開ける。
ちょっと夕焼け色に綺麗に染まる屋上の中心に人が一人立っていた。
「来てくれたのね」
そこには先ほど拍の教室で授業をおこなっていた女性がこちらに微笑みながら立っていた。
だが雰囲気が全く違う。
というより別人なのではないだろうかと思えるぐらい御淑やかな雰囲気を漂わせていた。
「あんな古典的な呼び出し方されれば気になって来るしかないでしょう」
「私を年増だと言ってるのかしら?」
「…」
「沈黙は肯定と受け取るわね」
笑顔は崩さないが確実に怒っているようである。
だが拍は気にも留めずに周辺を見渡した。
「何もないですね。ここ」
「基本立ち入り禁止の場所だからね」
「教師が生徒を立ち入り禁止の場所に呼び出してなんの用ですか?」
「あら?分からない?」
「ええ、全く」
「冷たいわ。手紙にも書いたのに…」
彼女は悲しそうな素振りを見せると下をチロッと出して笑った。
「でもいいわ、もう一度言うもの。私恋をしたの!熱い恋を!恋焦がれ、憧れる恋を!」
彼女はバッと手を広げ、情熱的に先ほど教鞭を振るっていた時のように顔を紅潮させ高々と叫んだ。
それこそが快感と言わんばかりに。
それに対して拍は冷め切った顔を彼女に向けていた。
まるでもう何かを諦めたような黒い目で彼女を見据えている。
そして嬉々として語っている彼女に静かに問いかけた。
「何人目ですか?」
「え?」
「その恋は何人目の恋ですか?」
「何を言っているの?初めての恋よ?」
「とぼけなくていいですよ。分かってます。調べましたから」
彼女はその言葉に焦ったような訝しむような顔をした。
拍はその顔を見てニコッと笑い、話を続けた。
「今年始まって四か月で二人、一年前に三人、二年前に五人、貴方は恋人を作っている。ほとんどが気が弱そうな子、ちょっと攻略が難しいそうな秀才。俺は後者に当たるんですかね?堕とした後は自分に依存させ、溺れさせ、搾り取る。そして飽きたら捨てる。まあ在り来たりな話ではありますけどね。二面性を持つあなたならこれを隠すことも難しくはないんでしょう」
「…」
「そうやって自分の支配欲を満たしている」
彼女は大きく目を見開いて拍を見る。
拍はチェックメイトだと言わんばかりに捲し立てた。
「貴女は常に支配欲を満たしていないと満足できないんだ。そしてその反面かなりの飽き性でもある。手に入れては捨て手に入れては捨てを繰り返す。そして俺は貴女のこれまでの証拠、今まで犠牲になった生徒、教師、はたまた女性まで全ての情報を握っている。俺をターゲットにしたのが間違いでしたね。貴女はここで終わる」
彼女は静かに拍の話を聞いていると口角がにいぃっと上がった。
「そこまで嗅ぎつけられていたのね。正直驚いたわ。フフ…フフフ…!アハ…!アハッ♪アハハハハハハハハハハハハッ!!」
彼女はさっきまでの焦った雰囲気から一転して楽しそうに狂うように笑い出した。
その変化に拍が眉を顰める。
「何がおかしい?」
拍は彼女の変化、そして自分が馬鹿にされていることに苛立ちを覚えたのか先ほどまでの丁寧な態度からまるで刺すような視線と口調で彼女を問いただした。
それもツボに入ったのか彼女は更に高く笑うと一息、二息と自信を落ち着かせそのまま下から上へ拍を舐めるように見つめた。
「ふぅ…。可笑しいわ!そこまで辿り着いていながら肝心の部分には辿りつけていないのだもの!貴方は優秀だけど私の方が優秀だったって事ね」
「何の話だ」
「何の話だと思う?」
彼女は拍の質問に質問で返し、一歩拍に近づいた。
「おかしいとは思わなかった?私の事を調べたらボロボロと情報は出てくるのになぜ誰も気づかないのだろう?と」
また一歩。
「違和感を感じなかった?私の事を話す人達が何故素直に教えてくれるのだろう?と」
更に一歩。
もはや拍に手を伸ばせば触れれる距離まで来ていた。
拍は彼女を睨みそのまま見上げる形になる。
「そしてその全ての答えを今から教えてあげる」
手を伸ばし彼女はぽんと拍の頭の上に手を置いた。
「!?」
拍は驚愕する。
自然に頭に手を置かれた、置かれるまで手を頭の上に置かれるなんて考えが過りすらしなかったのだ。
「さあ行くわよ?」
「何をするつもりっ……!?」
ドクン!と拍の体に何かが流れ込んできた。
心臓から流れてくる血液ではなく。
全く異質の物、だけど体が拒むことはできないものが流れ込んで来る。
(なんだ!?何だ!?ナンダ!?)
拍の体は一向に動かなくなった、人差し指すら動かすことが出来ない。
だが耐えがたく抗いがたいものが自分の中に流れ込んで来るのは把握できる。
そう体の中から作り変えられていくような。
「凄いでしょう?私の能力の催眠術、いやこれは洗脳に近いのかな?まあ何でもいいけど私の能力なのよ。君を中から私好みに私だけを見る人形に作り変えてあげる。今日の私の授業しっかり聞いてた君なら分かるでしょう?体と言う入れ物に精神が宿り人となる。その精神を書き換えるの、プログラムを書き換えるように一からね」
「なん…だと…」
「怒った顔も素敵♪でもでもそれじゃあ足りない私だけを見る人になって貰わないと、洗脳しきるのにも時間かかるし暇つぶしに答え合わせをしようかしら?一応教師だしね」
彼女は嬉しそうに拍の頭を撫でる。
拍は大量の汗を流しながらも必死に抵抗を続けていた。
「何故私の情報がボロボロ出て来たかと言う疑問の答えからね。まあ簡単な事よそういう風に指示を出していたんだもの。素直に教えてくれたのも一緒の理由よ?そしてもう一つの疑問も解消して上げる。君が私に反応できなかったのは一歩近づくことに催眠をかけたから。私に違和感や嫌悪感を感じないようになる催眠をね」
拍は彼女が喋るたびに彼女から目が離せなくなっていき、彼女を見ていると高揚感を感じ始める。
洗脳が徐々に拍を変えていっているのだ。
「く…そ…」
「抵抗しても無駄無駄♪もう君は私の物なんだから。身を委ねなさい?そうすれば天国に連れて行ってあげる」
溶かすように耳元で彼女は囁く、その言葉に本当に拍は溶かされそうになる。
抗えない…、そう体が信号を発する。
身を委ねろ…、と頭が考え始める。
「さあ…溶けて…融けて…解けて…私だけを見るの…」
意識が溶ける。
体が融ける。
心が解ける。
拍は今にも身を心を委ねてしまいそうだった。
落ちていきたいこのままこの快感に感覚に身を委ねてしまいたいと体が叫んでいた。
拍は感じていた。
もう体は落ちていると、どうしようもないと。
だけど精神は生きている、まだ抗い続けている。
それを認識した瞬間、体が軽くなった。
そして一つの答えが頭に提示される。
ただこの瞬間を打開する一つの解決策を。
「ああ、体は確かに入れ物だな」
「何かしら?」
「俺も一つ分かった事がある」
彼女は顔を顰める、もう落ちたと思っていたのだ。
もう狛は自分の物だと抗う事は出来ないと後は溺れさせるだけのはずだった。
だが目の前の少年は笑っている。
自我を完全に保ち彼女を嘲笑しているのだ。
「ああ、いい気分だ。なるほど理解した」
「何を理解し――――!!」
ダン!と彼女は吹っ飛ばされていた。
なんてことはない。
拍が右手で彼女を押し飛ばしたのだ。
「がっ――――!」
「ん?そんなにきつく押したつもりは?」
彼女が飛んだ距離は尋常じゃない距離だった。
人が押した程度で飛ぶ距離じゃない。
何もない屋上、その端から端約50メートルは軽く吹っ飛んだのだ。
彼女は過呼吸に陥り立つ事すらままならずその場で必死に胸を押さえていた。
「火事場の馬鹿力?いやそれでも異常すぎる…」
拍は自分が起こした状況を整理する。
ただ押しただけそれだけで人が此処まで吹き飛ぶものか?
その場で考え込んで止まっていると、回復したのか彼女が起き上がってきた。
先ほどまでの余裕な表情はない。
自分が完全に優位な状況だったのがただの一撃で逆転したのだ。
もう彼女の瞳には恐怖しか映っていない。
「何故!何故私の洗脳から逃れれたの!?そんな事あり得るはずがないのに!」
「ん?そんなのは簡単な話だ。抗うんじゃなく取り込んだ。その上で捻じ伏せた」
「は!?自分の自我のみで洗脳を振り払ったって言うの!?」
「だから振り払ったんじゃない。受け入れたんだ」
「なら洗脳にかかるはずでしょう!なんでかかってないのよ!?」
「恐らく洗脳はかかってるよ?お前の事凄く綺麗に見えるし、愛おしいとさえ感じる」
「じゃあどうして私の物にならないのよ!」
「答えは簡単だ。お前が悪だからだ」
拍の言葉に彼女は止まった。
一瞬思考を停止してしまったのだろう。
「悪であるお前は俺の執行対象だ。どれだけ綺麗に感じようと愛おしく思おうと俺は悪を断じて許さない。それが恋した相手であろうとな。だからお前は今から俺が断じる」
「何を言って…」
「分からないか?お前はもう
拍の異常性に彼女はここに来て理解してしまったのだ、そして後悔していた自分は触れてはいけないものに触れてしまったのではないのかと。
その時拍が一歩近づいた。
「ひっ!」
耐えられなかった。
目の前の少年を直視できなくなっていた。
自分が支配するはずだったものに恐怖を植え付けられ、その恐怖に完全に彼女は支配されてしまったのだ
一歩一歩と拍が近づいてくる、恐怖が恐怖そのものが近づいてくる状況に彼女は怯え逃げるように走り出した。
拍はその姿に笑う。
「逃げれないさ。だって最初に言っただろう?ここには何もない。要は逃げ場すらないわけだ」
「いっ!嫌!来ないで!来るな!来るなぁぁぁ!!!来ないでぇ!来るんじゃない!!助けてぇ!!私は教師だぞ圦神!!拍君許してぇ!!」
彼女は走りながら相互性のない言葉を繰り返す。
あまりにも異質な彼女の状態にある意味不気味さすら拍は感じた。
だが拍の中で直ぐに得心がいく。
「なるほど自分の人格すらも洗脳していたのか、教師の時の自分、支配者としての自分、二重人格を作り出すことによって事を逃れてきたんだな。だが今は恐怖で二つの人格がごちゃ混ぜになっている。いやはや見ていて滑稽だな」
狛は逃げる彼女に追いつくとそのまま後ろへ引っ張った。
バキっ!と言う音と共に彼女の体は拍の後ろへ投げられる。
「またか?なんなんだ一体…」
「がっ…あ…あ…あ、あ…あああぁぁああああぁぁぁあぁぁぁぁぁああああ!!!!腕がぁあああああ!」
彼女の腕はあらぬ方向を向いて折れて曲がっていた。
拍の尋常じゃない力に体が耐えられなかったのだ。
彼女は泣き叫び、転げまわり、そして止まった。
動く事すら出来なくなったのだ。
「お願いします…許してください…助けて…ください…」
許しを請いた、目の前の少年に助けを求めた。
それは心からの叫びだった。
この苦しみからただただ逃れたかったのだ。
拍はその彼女をその黒い瞳で見下し、呟いた。
『許されるはずがないだろう?』
もはや死刑宣告だった。
ただその一言で彼女の精神は崩壊した。
許されない。
この正義の味方は
*
『先日、ルグドリア学園校舎下で屋上から飛び降りたと思われる女性、ハベリア・サリソン氏に命の別状はなかったようですが、全身の骨折、重度の精神異常が見られており、警察は何か事件性があるのではないのかと回復次第取り調べを行うと述べました――――。続いて次のニュースです―――。』
「狛、貴方の学校の先生命に別状はないみたいよ。良かったわね」
「ん?ああ、良かったよ。僕の初恋の人だったからさ」
「え!?あんた自分の学校の先生が好きなになったの!?やめておきなさい!」
「ハハハ、母さん気にしないで大丈夫だよ。気の迷いだし、今は何とも思ってないからさ」
「そう…?それならいいんだけどね」
「大丈夫大丈夫。じゃあ学校行ってくるよ」
「はいはい、行ってらっしゃい。最近物騒だから気を付けるのよ?」
「それこそ心配ないさ。俺、結構強くなったんだ」
「意味わかんない事言ってないで変な人見かけたら逃げなさい。お母さんとの約束よ?」
「ホントなんだけどなぁ…。わかった約束。行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい」
『次のニュースはグランドホテルルクドリアで足だけの身元不明遺体を発見、従業員、警備員に事情聴取を行うも「昨晩の記憶がありません」と誰も当時の夜の事を覚えていない模様で警察の捜査は難航している模様です』
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