第197話 花子……ですか?
こーゆーのをなんて言うんだろうねぇ? 『ストイック』と言うよりは『融通利かねー』っつーか、こんな日まで夜のランニングするかよ?
って訳でさ、今『秘密結社のアジト』に居るんだよ。結局最後までこの施設の名前すら知らなかったよ。
「タヌキ、あれから一度も出なかったね」
「何を仰います、出たらまた怖がるくせに。あ、もしかしてまた僕にしがみつきたいのですか?」
「違うしっ」
ハハハって神崎さんが笑ってる。いつも『クスッ』とか『フフ』くらいの神崎さんが。
「まさか今日までランニングするとは思わなかった」
「ランニングがしたかったのではなくて、山田さんと散歩したかったんですよ」
「こんなとこまで?」
「だからここまではランニングで来たんです。散歩はこれから」
「はぁ?」
神崎さんがあたしの手を取って歩き出した。今日はいきなりの恋人つなぎだよ。こうなってもまだ恋人つなぎにドキドキしてるあたしって何者よ? 神崎さんの大きな手がすっごく安心する。ん~なんか矛盾してるな。安心してんのにドキドキするってどーゆーこっちゃ。
「ねえ、神崎さんさ、カッコいいし、仕事もできるし、お料理も作れるし、優しいし、すっごいモテるのにさ、なんでよりによってあたしなんか選んだの? 古代ローマでフンコロガシが神様扱いされてるより謎なんだけど」
「いえ、それは古代エジプトですし、名前もスカラベです」
「もー何だっていいじゃん」
「まあ、構いませんが。どこが謎なんです?」
「こんなデブでさ、頭も悪いしさ、何もできないしさ……」
「僕は一所懸命な人が好きなんです。毎日毎日仕様ミスを指摘されても必死で付いて来る、変に取り澄ましたりせずに美味しそうに5人前のご飯を頬張る、何よりもそのはち切れんばかりの笑顔がたまらなく好きなんです。こっちに来る日、最初に牧之原で僕の鰻重までとても幸せそうに食べてくれたでしょう? あれで殆どやられたと言っても過言ではありませんね」
そこなんかい。
「山田さんの影響力は計り知れない。あなたが顔を見せるだけで製造のテンションが跳ね上がるのは、そういったところなんです。あなたが笑うとみんなが笑う。あなたが落ち込んでいるとみんなが心配する。あなたの存在は本当に大きい」
背は小っちゃいけど体積大きいからね。
「火曜日にとどめを刺されました」
斜め上から静かに声が降ってくる。見上げると、月明かりに照らされて恐ろしいくらい綺麗な神崎さんの横顔が見えて、めっちゃドキドキする。
「へ?」
「クレーンの日ですよ」
「あ……」
「あのクレーンを『この子』と呼んでましたね。可哀想だから起こしてあげてと。あなたはマシンの気持ちに寄り添える人なんだと思いました。あれでもう僕は完全にKOでしたよ。瞬殺です」
そう言う神崎さんだって、マシンに対する愛情、ハンパ無いよ。あたしがヤキモチ妬くくらい。
「神崎さんて不思議な人だね。クールに見えて凄く熱かったり、淡泊に見えて情熱的だったり、現実主義に見えてロマンチストだったり……」
「妹には『二重人格』と言われます」
「AB型だっけ?」
「ええ、しかも魚座。究極ですね」
そりゃあ世界遺産級の不思議ちゃんにもなるわな……。
なんて考えながら、建物正面の土管やアスレチックネットの脇を通って、ブランコや鉄棒のちょうど反対側の面に向かってのんびり歩いて行く。
建物入り口の前には花壇があって最初に来た時はチューリップが並んでたけど、今はもうマリーゴールドに植え替えられてる。
「そう言えばこっちって、来た事無いね」
「そうですね。……ああ、藤棚がある。綺麗ですね」
「藤棚の藤だな? なんちゃって……スベった」
「山田さん、藤の花言葉ご存知ですか?」
「知らーん。何?」
「『決して離れない』だそうですよ」
げ……何か照れるじゃん。神崎さんがあたしの手をギュッと握り直したよ。
「チューリップは? あたし、ピンクダイヤモンド大好き」
「チューリップやバラは色によって花言葉が変わるんですよ。ピンクのチューリップは『愛の芽生え』です」
「芽生えちゃったよ。どうしてくれる」
「こうしてあげます」
「わ……」
急に引き寄せられて彼の腕の中にすっぽりと収められちゃった。この巨体が収まるんだから腕長いよね。
「責任取りますよ」
「とーぜんだ」
あ、どーしよ、気持ちいい。こーしてるの気持ちいい。神崎さんの匂い。くんくん。気持ちよくって、あたしも神崎さんの背中に手を回しちゃう。ぎゅー。
神崎さんが頭ナデナデしてくれるのが嬉しくて、彼の胸にスリスリしちゃうよ。
てゆーか、なんであたしの目の高さがここなんですか! 素に戻っちゃったじゃん。
「山田さんが可愛くて可愛くて気が狂いそうです」
「それは困る」
「冷静なんですね。僕はこんなにあなたに酔っているのに」
それが謎すぎるから冷静になっちゃうんだよ。それホント古代エジプトだから。
「外で良かった」
「え、そーゆー趣味あるの? こんな事までアウトドア派?」
「違いますよ。家の中だったら今の僕はもう誰にも止められませんよ」
「今も十分暴走してるよ」
「そうですか?」
「うん」
「では、お言葉に甘えて」
「は? なんか日本語の流れおかし……んっ」
塞がれた。あたしの論理的思考は完全停止。もー、どーでも良くなった。
ああ、いい匂い。神崎さんの匂い、くんくん。あ~ダメだ、脳ミソとろけてきた。絶対この男フェロモン分泌してる。
あ~もう、どうしよう。この人、好き過ぎる。好き過ぎておかしくなりそう。背中に優しく添えられた手の感触とか、髪を撫でてくれてる指とか、柔らかい唇とか、もう全部好き! 全部全部ぜーんぶ大好き!
「山田さん」
神崎さんが唇を離して、耳元で囁いたんだ。ゾクッとするようなセクシーな声で。
「結婚したらなんと呼びましょうか」
「きゃあああ~~~!」
照れる! やめて! 死ぬ!
「花子……ですか?」
「いやあああああ~! ムリ! 有り得ない!」
あたしが神崎さんから離れようとしたら、すっごい馬鹿力でギュッて抱き締められちゃって、もう逃げらんない!
「僕の事は何と呼んで下さるんですか?」
「ええええーっ! かっ、神崎さん、でいいんじゃないの?」
「あなたも神崎さんになるんですが」
「きゃあああ~~~!」
「神崎花子さん」
「あーもう無理!」
逃げらんないし、顔もまともに見ていられないから、彼の胸に顔をうずめちゃってるんだけど、それでも恥ずかしくて死にそう。
「フフ……すみません。もう苛めませんから。可愛すぎてついつい」
「ふえ~~~~ん」
「そろそろ戻りましょうか」
「もー! 神崎さんのバカー!」
彼はいつものようにフフフって笑いながら、あたしの手を取ったんだ。
あたし、こんなに幸せでいいのかな?
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