第196話 このツンデレめ
この人ほんと凄いわ。一緒に仕事すればするほど、どれだけ聖徳太子なのかがよくわかる。冷蔵庫を空にする為に、自分は片っ端から食材を料理してるんだけど、それをしつつ、あたしにいろいろ指示出してんのよ?
料理って手順でしょ? 手順考えながら次のメニュー考えてさ、そのメニューだって、冷蔵庫の残りを全部綺麗サッパリ平らげるために、残らないようなメニューを考える訳じゃん? もう殆どパズルでしょ? それをやりながら作ってる訳でしょ?
なのに、あたしに指示出してんだよ。どーなってんのよこの人の頭。有り得ないよ。
「山田さん、レンタル業者に返却する物のリストはできましたか?」
「えーと、机といすと、ベッドと、ダイニングセット?」
「洗濯機と冷蔵庫、食器棚、電子レンジ、布団もです」
「あ、そうだった」
あたし全然ダメじゃん……。
「自転車もですね?」
「う……そうでした」
「そのリストを冷蔵庫のドアに貼ってください」
「はい」
神崎さん、手際いい。どんどんスマートにこなしてるよ。今は何作ってるんだろう、胡麻油の香りがする。
あたしが冷蔵庫のドアにリストを貼ると、すぐに次の指示が出る。
「次は明日の時間指定のリストです。紙を準備して下さい」
「はい」
今日はパイングリーンのTシャツにブラックジーンズ。そこにいつものエプロンだよ。相変わらずカッコいいよ、マスター。
「いいよ」
「まず朝イチ、布団カバーを外して布団を干す」
「はい」
「その前におはようのキス」
「へ?」
「次、カーテンを外して布団カバーとともに箱詰め」
え、ちょっと何よ今の!
「台所のハンガーポールを外して物干し竿と一緒にしておく。洗濯かごにトイレマットと玄関マットとバスマットを詰める。ここまでいいですか?」
「玄関マットと……あと、バスマット、はいOKです」
「昼食後、13時レンタル業者にリストのものを返却」
「はい」
「清掃後、私物をクルマに積んで出発。書きましたか?」
「はい」
「ではそれも冷蔵庫に貼って」
あたしが冷蔵庫にリストを貼りに行くと、既にカウンターにはお皿にたくさんの物が出来てて、密封容器がスタンバイしてる。冷めるのを待ってるんだ。
「疲れたら休んでくださいね。やる事はたくさんありますから、今から疲れられては大変です」
「疲れた」
あたし素直。神崎さんもそれを聞いてクスッと笑うと、冷蔵庫から冷え冷えの紅茶ポットを出してきた。
「休憩しましょうか」
「うん」
グラスに紅茶を注ぎ分けている姿は、どこから見てもマスターだよ。夜ならバーテンダーだな。白シャツ着てたら完璧だよ。やべ、カッコええ……見とれる。やっぱり花子、廃人化決定。
紅茶のグラスを二つ持って、神崎さんがこっちに来るんだ。テーブルに並んだグラスがなんか仲良しっぽいよ。仲良しなんだからとーぜんだけど。
で。何故か昨日の晩みたいに椅子をこっちに持って来るんだよ。
「何で隣に座んのよー」
「もう一度言わせたいのですか? 山田さんは甘えんぼですね」
「違うしっ。なんであっち行かないのよっ」
「物理的距離がここよりもあるからですよ。少しでも近くに居たいんです」
「どっちが甘えんぼよー?」
「僕ですね」
このツンデレが!
「それにしても手際いいね、ほんと尊敬しちゃうよ」
「パートナーがいいからです」
「またそーゆー……神崎さんて会社と家のギャップ大きいし」
「そんな事はありませんよ。いつも思ったままを口にしています。思ったままを口にするのが憚られるような事であれば、その場はとりあえず黙っておくだけです。会社ではそのパターンが多いので、考えていることがわからないと思われがちですが僕の中でははっきりしています」
「そーゆー理屈っぽいとこがあったり、甘えんぼになったりするのが可笑しいよ」
「山田さんこそ、最初の印象よりぐっと可愛くなりました。恋でもされましたか?」
「言わせたいの?」
「勿論です」
「このツンデレめ」
「言って下さい」
神崎さん、期待してるのが可愛い。何この人、可愛すぎる。
「王子様に恋しちゃったんだよ」
「どこの王子様ですか? 僕が追い払って来ないといけませんね」
「じゃ、そいつ倒して来てよ」
「いや、なかなか強そうです。お姫様のハグでないと倒せません」
もー! なんなんだこのデレデレは! こんな人だったか? しかもチョー期待してるし。メッチャ嬉しそうだし。この姿をガンタに見せたら失神するだろうな。ってゆーか、誰が見ても卒倒するよ……。
「じゃ、倒さなくていいか。ほっとこ」
「ダメです」
「何がよ~! きゃ~」
ってもー、問答無用でハグかよっ!
「こんな事してたら終わんないでしょ。はい、仕事するよ!」
「早くも尻に敷かれていますか?」
「違うっ! 神崎さんがデレデレなだけっ!」
「いいじゃないですか。仕事と休憩のメリハリは付けましょう」
爽やかに言ってのけてるけどなー、あんた、言ってる事はご尤もだが、メリハリ付き過ぎだよ。
「さて、十分山田さんを堪能しましたし、仕事の続きでもしましょうか」
つって、彼はすっと立ち上がると、エプロンをきりっと結び直してキッチンに向かったんだ。
まったくもー! 先が思いやられるぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます