第193話 It's your turn.

「神崎君、It's your turn」


 何が始まるんだよ? 神崎さんが……あの小箱を。え? いきなりこっち来るよ。嘘でしょオイ!


「山田さん」

「な……何?」


 ちょっと! みんなこっち見てるよ! 何よ! 何! そのマジな顔、何っ!?


「僕と結婚してください」


 ……。

 はい?

 今何と?

 誰に言いました?


「お願いします。あなた以外に僕のパートナーはいません」

「え……?」

「僕と、結婚してください」


 頭真っ白だよ。ちょっと待ってよ、城代主任は? あ、そうか、浅井さんと。……は? えっ? えええっ?


「花ちゃん、落ち着いて。言われてる事、わかる?」

「わかりません」

「神崎君がね、花ちゃんをね、お嫁さんにしたいって」


 神崎さんが、あたしを、お嫁さ……


「ひゃあああああああ! ちょっ! えっ? はっ! 待っ……」


 どうしよう視界が暗くなって来た。どうしよう! 息苦しい!


「花ちゃん!」

「ちょっと、リョウさん呼んで! 過呼吸になっちゃってる!」

「山田さん、落ち着いてください、ゆっくり呼吸をして」


 ああ~、なんか遠くで誰かが騒いでるよ。耳にフィルター掛かっててよく聞こえないよ、視界もゼロだよ。誰かに抱きかかえられてるよ。ああ、だけど、この腕の感触は……良く知ってるよ。神崎さんだ。神崎さんの匂い。くんくん。


「何してはんのよ花ちゃん、ゆっくり呼吸して」


 あ、くんくんダメなのか。だけどこの腕、気持ちいいよ。落ち着いて来たよ。落ち着いたら周りが見えてきた。みんながあたしを覗きこんでる。目の焦点が合って来て、リョウさんが最初に見えたんだ。


「あー、リョウさん」

「大丈夫? 浅く息吸って、ゆーっくり吐いて。」

「ふーーーーーーっ」


 ふと顔を上げたら、目の前に神崎さんの顔があった。なんでだろうな、なんでか知らないけど、今すぐ返事しなきゃなんないような気がした。

 それで、史上最悪ってくらいの酷いタイミングで返事しちゃったんだ。


「はい、お嫁さんにして下さい」


 全員が目が点になっている中、神崎さんだけが優しく微笑んでくれたんだよ。


「ありがとうございます。あなたを全力で幸せにします」


 あたしをそっと抱き起こした神崎さんが、ポケットから何かを出したの。それをあたしの指に……。

 

「神崎君、これ、スプリングワッシャーやん」


 リョウさん、ボソッと言ったつもりなんだろうけど、この人の声はよく通るんだ。

 思わず笑っちゃった。

 神崎さんも一緒に笑って。

 みんなも一緒に大笑いして。

 店中が大爆笑に包まれる中、神崎さんが静かにさっきの小箱を出したんだよ。中から大粒の石が付いた指輪が出て来て……あたしの指にピッタリ入ったんだ。

 

「このスプリングワッシャーを持って指輪屋さんに行ったんです」

「メチャクチャだね。笑われたでしょ」

「いえ、羨ましがられました」

「これって、ピンクダイヤモンド……?」

「ええ、山田さんは僕だけのピンクダイヤモンドです」


 もう周りの声なんか何も聞こえない。

 隣でガンタとヨッちゃんが肩を組んで号泣してる。恵美と沙紀と萌乃が三人で抱き合ってる。浅井さんと城代主任が目を見合わせて笑ってる。おやっさんが腕組んでニコニコしてる。リョウさんが仁王像みたいな大将に寄りかかってる。製造部の人たちが拍手してる。みんな映像として入って来るけど、全部背景になってて……。

 今のあたしには神崎さんしか見えない。


 ありがとう、神崎さん。ありがとう、みんな。

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