第192話 はい?

 それからあたしは製造の人たちに呼ばれまくってあちこちで盛り上がってたんだけど、神崎さんはFB80チームの中で静かに飲んでたんだよ。そんな神崎さんをチラチラと横目で気にしながらも、製造の人たちの気持ちが嬉しくて、呼ばれるままにウロウロして。

 あたしは気づいてたんだ、神崎さんが心ここに在らずな事に。さっきから何度も何度も時計を見てる。時計なんか見たって早く来てくれる訳じゃないんだから、その分みんなと楽しめばいいのに。

 それに気づいたんだろう、浅井さんが身振り手振りで何か声かけて、思いっ切り肩を竦めたと思ったら神崎さんの腕時計外しちゃった。これには流石の神崎さんも苦笑いしてる。


 その時、お店の引き戸がガラガラと開いた。神崎さんが顔を上げる。浅井さんが神崎さんの肩を叩く。


 ……孔雀のマーク、韋駄天急便のユニフォーム!


「遅くなりました! 韋駄天急便のセキュリティサービスです!」


 神崎さんが大急ぎで奥から出てくる。黒いシャツの胸元から身分証明書を出し、指紋認証を取り、パスワードを入力してやっと印鑑を押してる。韋駄天急便のスタッフが帽子を片手で取って軽く頭を下げて出て行くのを、神崎さんが会釈で見送って。製造部の喧騒の中、FB80チームだけがその様子をじっと見守ってる。


 手にした小さな箱……その中身はFB80チームはみんな知ってる。そしてこれから何が行われるのかも。あたしは居ても立ってもいられなくなって、製造部の方からFB80の座敷に戻ったんだよ。ここなら恵美たちもいる、ガンタもいる、おやっさんもいる。

 そしたらさ、おやっさんが城代主任に「そろそろええやろか?」って聞くんだ。彼女が「ええ」と返事をして、いよいよ三人娘とガンタは落ち着かなくなってしまった。

 あたしは……何だろう、変に落ち着いてる。ああ、きっとあたし死ぬ前ってこれくらい落ち着いてるんだろうなって、わけのわかんない事考えて。


「ちーと、みんな聞いてくれへんか?」


 おやっさんが製造部に声をかけると、一瞬で喧騒が止む。沙紀の時よりも早い。なんかもう顔が上げていられない。俯いてたら、ガンタが側に来てくれた。


「花ちゃん、俺、ここに居るから。あ、大丈夫、変な下心とか無いから」


 わかってるよ、ガンタ。あんたがどういう人か、あたしは知ってるよ。


「今日はみんなに報告があってなぁ。おめでたい話やから、みんなに聞いて欲しいねん。……冴子ちゃん、こっち来て」


 もーやだ、早く終わらせて。笑顔で拍手してあげられるうちに。


「えーと、みなさん、今日は神崎君と花ちゃんの送別会なんだけど、二人がここに居るうちに報告しておきたくて、この場を借りることにしました。やだわ、ちょっと恥ずかしいなぁ……」

「なーに言うてんねんな、早よ言いなはれ」


 照れまくってる城代主任を見て、おやっさん楽しそうだよ。そうだよね、おめでたいことだもん。


「じゃあ、はっきりと。ウチの娘、彩花がお姉ちゃんになります」


 え? 

 妊娠ですか!


「お父さんになる人を紹介します。パパこっち来て」

「はーい」


 ……?

 はい?

 はいぃぃぃ?


「Me がパパの浅井でーす。Hey Everybody! この度、冴子ちゃんとの結婚が正式に決まったわけなんですがー、まあ、再婚やねぇ、バツイチ同士やし~。ところがその前に me の可愛いジュニアがどーやらいるらしいことが判明しちゃったのね~。OK?」

「ええええええー!!!」

「ま、そーゆーわけだから、みんな結婚式にはどなた様も welcome よ~」


 おやっさんと当の二人と神崎さん以外は目が点だよ。この様子だとヨッちゃんも知らされてない。

 いつの間に城代主任と浅井さんがそんな仲になってたんだよ! てか、城代主任、神崎さんが相手じゃなかったの?

 え? ちょっと待て?

 じゃあ神崎さんが持ってたあの領収書は? さっきの韋駄天急便は何だったの?

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