第191話 幸運のタクシー

 あれからあたしと神崎さんは二人で関係部署に挨拶回りに行ったんだ。今までお世話になった製造とか試験とか、あとリョウさんのとこにも。

 なんだか職場全体がそわそわしてて……浅井さんも婚約発表の事知ってるっぽくて、それでもその事には一切触れずにいるからあたしも特に浅井さんとその話はしなかった。

 とにかく今日はみんなが早めに仕事を切り上げて帰ったわけよ、勿論あたしたちもだけどさ。


 家に帰って再び支度して送別会に向かう前に、神崎さんが面白い事言ったんだ。「今日は送別会ですので、僕と山田さんが主賓です。山田さんはとびきりオシャレして可愛くしてください」だってさ。そんなにオシャレな服、持って来てないよ。

 それで、この前恵美たちとお出かけした時に買った白っぽいワンピースを着たんだよ。綿のドビーレースでさ、ちょっと透け感があって可愛いんだ。ウエストの両サイドからリボンが出ていて、後ろで軽く結ぶの。スクエアネックで、フロントはシンプルにストンとしててさ。膝上丈だから下にクロップドパンツ履いて。だって今日は座敷だって言うんだもん。パンツ丸見えになったら困るし。見えたところで、神崎さん曰く『マタニティ』だけどさ! 


 会場に向かうタクシーの中で、神崎さんがまた優しく声かけてくれるんだ。あたしはこれからギロチンの前に立つような心境だってのにさ。


「今日の山田さんは一段と可愛いですよ。あなたはピンクのイメージが強いのですが、白も驚くほどよくお似合いです。イヤリング、して下さったんですね」


 なんでこれから婚約発表しようって男が、別の女にこういう事言うかな。まあ、あたしは女っつーより家族みたいなノリなんだろうな。妹とかそんな。

 ってゆーか、あたしさっき決めたばっかじゃん! 神崎さんの言葉、素直に受け取ってみようって。


「ありがと。これ、恵美たちとお出かけした時に買ったんだ」

「とてもよく似合っています。ずっと見ていたいのに、こちらが恥ずかしくなってしまいます」

「なんで神崎さんが恥ずかしがってんのよ、見られてるあたしが照れるならわかるけど」

「いえ、その……とても、可愛らしくて」


 そしたらさ、タクシーの運ちゃんがルームミラーでこっちをチラッと見て笑うんだよ。


「お客さんたち、ええなぁ、青春やなぁ」

「あははは、いちお―、まだ20代なんで」

「お姉ちゃん、このタクシーは『幸運のタクシー』なんやで」


 運ちゃんがミラー越しにニヤリと笑う。還暦過ぎていそうなオッチャンだ。


「このタクシーに乗ったカップルは必ずゴールインするんや」

「そうとは限りませんよ~」

「今んとこ100%やがな。お客さんらがこれから行く『居酒屋さくら』の亭主とリョウちゃんも、このタクシーでくっついたんやで」

「えー、ホントですかぁ? 今日の話のネタになる~!」


 なんて話してるうちに『居酒屋さくら』に到着だよ。


「お二人さん、仲良うしいや」って送り出してくれたオッチャンには悪いけど、100%の成功率を誇るオッチャンのタクシーに失敗例を作るんだよ、今から。


 お店に入ると、格闘家みたいな……ってゆーか、金剛力士像みたいな大将が「いらっしゃい!」って出迎えてくれる。この人があのリョウさんの御主人なんだもんな~。あのタクシーで結ばれたんだもんな~。いいなぁ。

 奥に入るとみんな揃ってて……つーかなんだよこれ、聞いてねーよ! 


 なんで製造チームがみんな揃ってんだよ!


 FB80チームは奥の座敷に鎮座してて、その手前のテーブル席に製造のなんだか見たことのある顔ぶれが勢揃いしてんだよ。そんであたしたちが入って行くと、一斉に『花ちゃんコール』が湧いたんだよ。びっくりだよ!

 ああ、この人いつも溶接のとこに居る人、こっちは板金のところに埋もれてる人、あの人は部品検査やってる人、そんでそこの端っこの人はこないだ塗装やってた人だよ。みんな見たことある、名前は知らないけど、みんなそれぞれどこでどんな仕事やってる人か知ってる。

 沙紀が製造の猛者たちの前に立つと、一斉に『花ちゃんコール』が止む。


「花ちゃん、製造の人らがなぁ、どうしても花ちゃんの送別会に行きたいて言うもんやから、呼んでしもーてん。多分来るな言うても来たと思うから、いっそお店貸し切りにしてもーてん」

「えー、そうだったの? 皆さんありがとう~!」

「うおおおおお~~~~!」


 何なんだこの大歓声は。一滴も飲まないうちからこの盛り上がりかよ……。これはファンサービスしておかねば!


「みなさーん! 今日は『飲みすぎ注意』で行きまーす! 飲みすぎ注意、よーし!」

「飲みすぎ注意、よーし! ご安全に!」


 みんなで大爆笑だよ。


「ほんなら、みんなテキトーに飲んどきや~、ウチらはFB80の送別会すんねんから~。あとなー、今日はウチらのマドンナ、リョウさんも来てくれはるしな。楽しみにしときや~」

「おおお~~~~っ!」


 なんと、製造の中で沙紀の存在は絶対的らしい。

 そして『居酒屋さくら』がこの異様な雰囲気に包まれたまま、あたしたちの送別会は始まった訳だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る