第188話 ラスボス

 それからの神崎さんは、最終日だというのに引き継ぎもままならないほど別の対応に追われているようで、だーれも全く声なんか掛けられない感じだったのよ。

 だけどあたしは昨日まででほとんどやること終わっちゃってたもんだから、何気に神崎さんの観察してて……それでいくつかわかった事があったんだ。


 まず、『けんきんぐ』を開発した主担当が、実は神崎さんだったという事。

 確かにさ、車体設計屋のくせに矢鱈とプログラミングに詳しかった。そりゃそーだ、車体設計に入る前は、あたしと同じソフトウエア開発部でシステムエンジニアやってたらしい。本人の強い希望で、ソフトウエア開発部門から惜しまれながら車体設計部門に異動になったんだって。……ってこれは、本社のミユキにメールで調べさせたんだけど。

 で、実際神崎さんが『けんきんぐ』を作ったのは、車体設計に入ってから。ゲームメーカーから建設機械大手の我が社に監修依頼が来た、だけど、とても素人が作れるような代物じゃあない、ってんで、開発を殆どこちらに業務委託と言う形で回してきた訳だ。つまり製造がウチ、販売があっち、そんな関係。


 で、テストプレイヤーからの要望で、「配管工事とかそんなのばっかじゃなくて、建設もやってみたい」と言う声が上がったらしい。それで、建設業に監修を依頼する事になったんだけど、建設大手の神崎建設に打診したところ社長さん曰く「うちの息子がそっちでお世話になってる筈だから、アイツに任せりゃいい」という話になって、結局建設サイドの監修も神崎さんが一手に引き受けることになっちゃったらしいんだよ。


 よーく考えたらさ、ガンタの部屋で見たよね。『監修・神崎建設』って言う文字。だけどさ、神崎建設と神崎さんが全く結びつかなかったんだよ。その事実を知った今だって全く結びつかないんだもん。あのクールでスマートな神崎さんと建設業……? やっぱ結びつかんわ。

 でも、それなら神崎さんの子供の頃の話も納得いくんだよ。土管の中で寝てたり、庭でクレーンに乗ったり、大体そのひっくり返したクレーンどうしたんだよ? ってさ、別のマシンで起こすしかないわけじゃん? その『別のマシン』がすぐに持って来れる環境にあったって事じゃん。なんで気付かなかったんだ?

 それにさ、神崎さんも言ってたのあたし聞いたじゃん。実家の経営は妹に任せて、自分は実家の会社で使う建機を開発したいんだって。そう、名前を聞いたあの日だよ。


 その神崎さんは今、どうやらパパに電話かけてるっぽいんだよ。


「ああ、お父さんですか、秀一です。御無沙汰してすみません」


 それが実父に対する挨拶なのか、神崎家! フツーは『あ、おとうさーん? あたし、花子だけど~」だろっ。


「ええ、元気です。それより……ええ、はい、大丈夫です。あの、それより……はい、あの、本題に入っていいですか?」


 御無沙汰してたんだろっ、ちょっとくらいパパの話に付き合ってやれよ!


「『けんきんぐ』の話は聞きましたか? グローバル・アース社に持って行かれまして。……はい、オンラインシミュレーションゲームに。……ええ、ですが開発は僕が一手に引き受けます。そこは抜かりありません」


 抜かりないって何だよ、おい。


「建設サイドも僕の方に任せていただきました。いずれまたそちらにも挨拶に行きます」


 そちらって、実家じゃねーか! フツーに帰れよフツーに。


「いえ、結構です。グローバル・アースとの交渉も僕の方で。いざとなればお願いするかもしれませんが、基本的には僕の方でまとめます」


 交渉まですんのかい、あんたは。それでもいざとなった時に召喚されるラスボスがパパなんだな。パパ強ええ~!


「ええ、取り急ぎ現状の報告と今後の予定、それと協力を依頼する事があるかも知れません……は?……いえ。……それは、まだ……」


 ん? 急に神崎さんがオドオドし始めたぞ。パパに弱みでも握られてるのか? あたしだけじゃなくて、周りのみんなが仕事をしてるふりをしながら耳をダンボにして聞いてる。そのうちに耳で飛ぶヤツが出て来るぞ。


「あ、いえ、そう言った事は……、ですからそれはまた後日……いえ、ですからまだなんです。……あの、今は会社なので、そう言った話はまた別の機会に報告しますから。いや、……ですから、まだプロポーズもしてませんから」


 みんなの視線が一斉に神崎さんに集まった!

 神崎さんがおもむろに『しまった!』って顔をする。けどもう遅い。みんな聞いてしまったのだ。その単語を。

 しかーし、全員大人だ、大人だよ、みんな聞いて聞かぬふりをしてるよ。ああ、勿論あたしもだよ。萌乃だけがあたしの耳元に「プロポーズやて~」と小声で言う訳だよ。萌乃、あんた多分この会社で最強だよ……。

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