第189話 婚約発表?
最後のランチタイムだよ。今日も三人娘とガンタとあたしで、製造の作業机でお弁当だよ。今日も愛情たっぷり弁当だよ、あーちきしょ!
「モエね~、今日は最後やし、神崎さん誘ってんけどね~」
「誘ったんかい! あの忙しそうにしてた神崎さんを!」
「うん~、そやねんけどな~。やっぱ断られてしもーてん。『これから城代主任と大切な打ち合わせがありますので』ってゆーてな、お弁当食べながら打ち合わせやって。今日中なんやろなぁ」
って言ってたらだよ! 当の神崎さんと城代主任がお弁当持って製造の方に来たんだよ。
「あれ~? 神崎さん、大事な打ち合わせ言うとったやん?」
「ええ、親父さんも入れて三人で」
「あ、そーゆー事なん?」
そこに早飯して来たおやっさんが戻って来て、三人で打ち合わせとやらを始めたんだよ。勿論あたしたちは耳がダンボ。お母さんの名前はジャンボ。お友達のネズミはティモシー!
「もう神崎君が居てるのは今日で最後やからなぁ」
「ええ、ですから今日中に発表しない訳には行きません」
「そやな。みんな驚くやろな」
「そりゃそうでしょ、発表する内容が内容だから。ところで神崎君、指輪、届いたの?」
指輪! こっちの五人が一斉に目を見合わせる。……けど、何も聞いてないフリをしてお弁当を食べ続ける。ここ大切!
「いえ、それがまだ。セキュリティメールでお願いしてますから追跡して届け先変更もできますし、最悪の場合は会場に届けていただくことになるかもしれません」
「どこに頼んだの?」
「韋駄天急便のセキュリティ便で貴重品保険をかけてあります。商品の受け取りは指紋認証で行います」
「へぇ、そんなのがあるのね」
「それだけの価値がありますから」
「貰う人に、やな」
「そうですね」
「ウフフフ」
はいそうですね、否定しませんよ。城代主任はどなたから見てもそれだけの価値がありますから。悔しいけど、城代主任なら許せるよ、諦めがつくよ。
だからって指輪の話、ここでするかー!
『最悪の場合会場に届けて貰うって事は、今日の居酒屋に届けて貰うって事? だって今日中に発表なんでしょ?』
って思ったまんま裏紙に走り書きすると、みんな黙ったままうんうんと頷く。そこに恵美があたしのペンを横からもぎ取って更に書く。
『今日の飲み会で神崎さんと城代主任の婚約発表するって事は、自動的に浅井さんは撃沈?』
これにもみんな黙って頷く。
「さっきの『けんきんぐ』の話で、神崎君の異動はほぼ確定なんじゃない?」
「そやなー。『けんきんぐ』無くてもまあ、いずれはそうなるやろけど。ちと早なったんちゃうか」
「でも今日の主賓は花ちゃんと神崎君だから、その発表は最後でいいですよ。そんなの最初に持って来たら大騒ぎになっちゃうから」
『むしろ悶々としたまま最後まで引っ張られるより最初にやっちゃって欲しくない?』
『言えてるー』
『ほんならモエが言おうか?』
『アカンて!』
こっちの筆談も続いてる。あたしの視線を感じたのか神崎さんがこっちをチラッと見る。ああ、もう目なんか合わせらんない。けど、神崎さんは『あの優しい目』をしてる。あたしをKOにしちゃうあの目だ。
あーどうしよ! 思い出しちゃったよ。昨日の……。あんなに優しくキスしてくれたのに。その翌日は婚約発表かよ! メチャクチャだよ! 信じらんない! 神崎のバカ! この女ったらし!
「あたし、戻る。ごちそうさま」
「え? 花ちゃん?」
「ちょい待ちぃて」
こんなとこで神崎さんたちの話なんか聞きながらお弁当なんて食べらんない。あたしはみんなを無視してお弁当を片付けると、一人、設計フロアに戻ったんだ。
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