第183話 カバに真珠

「花ちゃん、お昼やで~。ガンタ待っとるんちゃう~?」

「え、もう?」


 萌乃の『溶けたアイス』並みに甘ったるいアニメ声に一遍に現実に引き戻されたあたしは、時計を見て愕然としたのさ。 


「うっそ。もうこんな時間? なんか久し振りに夢中になってた」

「花ちゃん凄い集中しとったし~。なんやオーラちごうてて近寄れへんかったわ~」

「ガンタ待ってるね、急がなきゃ」

「今日はモエたちも一緒に食べるから一緒に行こ~。恵美と沙紀が向こうでお茶準備してくれとる筈やし~」


 二人で製造に行くと、もう沙紀と恵美とガンタがお弁当広げてた。


「遅いし~」

「ごめーん」


 急いでお弁当を広げると、3人はそれまでの話の続きを始めたらしいのよ。


「てか、素直ちゃうわ~、神崎さん。なんでストレートに言わへんのんかなぁ?」

「ガンタが居ったから照れとったんちゃう?」

「いや、あれは俺に遠慮してたんすよ。神崎さん、絶対勘違いしてると思う」

「どーゆー勘違いよ?」

「花ちゃんが俺に気があると思ってんだよ。つまりさ、神崎さんから見たら、俺と花ちゃん、相思相愛。なのにお互いにそーゆー話してないから付き合ってない、そんな風に見てんだよ」

「有り得へん! ウチが神崎さんに言うたったるわ」

「ちょっと、沙紀要らんことしなや。拗れたらどないすんねんな」

「あんたとヨッちゃんみたいにか?」

「るっさいわー!」


 なんでこの人たち、神崎さんの話で盛り上がってんのよ。と思ったら、ガンタがあたしの方に身を乗り出して来たんだよ。


「花ちゃん、神崎さんの一昨日の言葉、真に受けちゃダメだよ。本当はあの人、俺と花ちゃんが必要以上に一緒に居るの絶対嫌だと思う。けど俺に気を遣ってあんな言い方したんだよ」

「そんな事無いって」

「てゆーかさ、ウチ、今モーレツに腹立ってんねんけどっ。何やねん、神崎さん、人の気も知らんと、何が『壁ドンはエレベーターで』やねん。そんなん花ちゃんの前で言うなんてサイッテーやわ!」

「モエもそんなん言われたら死ぬわ~」

 沙紀の怒りとは対照的に萌乃は相変わらずのんびりだ。今日は卵サンドを買って来たらしい。


「もういいし。だって神崎さんは城代主任といい仲なんでしょ? 毎日一緒にお弁当食べてるし」

「そんなんガンタと花ちゃんやってそーやん。でもガンタは花ちゃん狙いだけど、花ちゃんは神崎さんが好きなんやろ? あ、ごめんね、ガンタホントの事言って」

「いや、いいっす!」

「でな、それ考えたら城代主任と神崎さんだってそーゆー仲とは限らへんやん?」

「そーやそーや、言うたれ恵美! ウチ今ムカついとんねん」


 どーなってんだ……。恵美とガンタはマジだし、沙紀は怒ってるし、萌乃は相変わらずポヨヨ~ンとしてるし。


「あ~花ちゃん、それ、モエがこないだ連れてったカレー屋さんの『ゴロゴロ野菜カレー』やん」


 とまた話の腰を折るし。まあ、確かにおかず入れには蒸し野菜とか揚げ野菜がゴロゴロしてて、スープジャーにはカレーが入ってて、あの時と同じ構図だけど。


「ほんまや。あの日の話、したん?」

「うん、その時は『同じ物を作ってあげますよ』って言ってたんだけど、その後ちょっと喧嘩しちゃって」

「ええええーっ! 喧嘩ぁぁぁー?」


 って4人で同時に叫ばなくていいから……。


「なんで喧嘩になったん?」

「うん……。あの日、神崎さんが熱出してて、あたしみんなと遊びに行くときに神崎さんに『大人しく寝てなさい』って言って出たの。だけどさ、神崎さん黙って外出してて……それをあたしに隠してたんだ。本人は『山田さんに心配をかけると思ったので黙ってました』って言ってたけど……でも違うんだ。あたし見ちゃったの、いけないとは思ったんだけど、神崎さんの部屋で……」

「何を?」


 恵美が代表して聞くんだけどさ、みんなが同じ事を聞きたがってるのはよーくわかっててさ。


「領収書。ハリーポッターみたいな名前のお店の」

「ハリーポッター?」

「……エンゲージリングの領収書」


「えええええええーっ!!!」


 たったの4人で製造じゅうに響き渡る大絶叫やめい。


「それ、花ちゃんのちゃう?」

「エンゲージリングって一緒に選びに行ったりしない?」

「そ……そーやんな」

「あたしの留守を狙ってコッソリ外出して買うような物?」

「そ……そやな」

「それにあたしのだったら東京に戻ってからゆっくり選びに行けばいい筈でしょ?」

「それ説得力あるわ……」

「しかも7ケタ」

「マジすか! そんなに高いんすか? 俺マジやベー」

「アホ、フツーは6ケタで十分や。7ケタの価値のある女なんてそう居らんわ!」


 恵美、その一言、地味に凹むぞ。


「城代主任なら7ケタで納得でしょ?」

「あーーーーー!」


 全員で納得すな。


「エンゲージリング買いに行くなら、別に内緒にしなけりゃいいじゃん? なんであたしに内緒にすっかなー、って思ってさ。それで喧嘩になったってゆーか、あたしが一人で勝手に拗ねたってゆーか、それで今週殆ど必要以上に喋ってない」

「ごめ~ん、モエ、慰める言葉が見つからへんわ~」


 その言葉が既に痛いから黙っててくれ。いいからさっさと卵サンド食え。恵美もその『4種の具が入ったビックリ爆弾おにぎり』早く食え。それは一気に食べないとボロボロこぼれて来るんだ。って言ってる間にこぼしとるぞ。


「だからさ、あたしはもう神崎さんの事はいいんだ。諦めたの。冷静に考えてみなよ、あたしと神崎さんじゃ『カバに真珠』でしょ?」

「でもそれやったら、神崎さんと城代主任、結婚するなり単身赴任やん?」

「なーに言うてんねん沙紀、神崎さんここに呼ばれる言うとったやん」

「あれ決定なん?」

「決定みたいやで。本社の部長も目の上のたんこぶがらへんようになって一石二鳥やん?」

「ああ、あのいつも神崎さんにケチョンケチョンにされてる部長な」


 みんなの会話が遠い世界の事に聞こえるよ。


「神崎さんがここに戻って来たらすぐに一緒に住みはるんちゃう? 彩花ちゃんも神崎さんに一目惚れしとったし」

「Mr.浅井どーなんねん?」

「知らんわ」


 あたしはお弁当を片付けて立ち上がった。みんなの視線が集まる。


「あたし、今のプログラム、絶対今日中に終わらせたいから、先に戻ってるね」

「花ちゃん……」


 あたしはお弁当箱を持って設計フロアに戻ったんだ。



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